ヒロインの後始末なんて勘弁だ。
イオン君救済処置……の、つもりだったのですが。なんか微妙な事に………。
とりあえず、どうぞご賞味ください。
私の名はイオン=ハイク=ライトバーグ。
ライトバーグ伯爵家の気楽な次男で、学園の監査委員の副委員長なんてモノをやっていたりする。
面倒な事が大嫌いな私がこんな役を引き受けたのは 、単に友人であり監査委員長であるライナスに指名されたからに過ぎない。
一応、断るという選択肢もあったんだが、幾ばくかの下心に負けた結果であるから、この面倒な状況も自業自得というモノなのだろう。
なんて、現実逃避をしてみた所で、目の前の現実は消えてはくれない。
しょうがない。
開けた扉を閉めるわけにもいかず、私は監査委員室に足を踏み入れた。
「で、なんで君がここに居るのかな?風紀委員長のランディ君?」
監査委員室のソファーで嫌味なほどに長い足を持て余し気味に組んだ濃い蜂蜜色の髪をした男が困ったように微笑んでいた。
「ちょっと面倒事に追われててね、友人のよしみで匿ってもらおうかと」
勝手に淹れたらしい紅茶のカップを掲げて見せるキザな仕草は、他の奴がやれば滑稽の一言なのだろうが、この男がやると妙にハマっていた。
「自分の委員室に行けばいいだろう?」
何しろ風紀委員長だ。
ちゃんと風紀委員室は存在するし、自分専用の机だって用意されている。
「分かってるくせに意地悪だね。次々と訪れる苦情の嵐で、現在の我が城の居心地は最悪だよ」
オーバーリアクションで嘆いて見せるランディに仕事しろよと冷たい眼をむけ、ため息をついた。
最近、どうにも周囲が騒がしい。
本来、監査委員会なんてモノは学園が健全に機能していればほとんどする事もなく、お飾り的な存在なのだ。
現に、つい最近まで表立った活動はしていなかった為、一般の生徒にはその存在すら知らない者もいたくらいなのだから。
監査委員長であるライナスが、隣国へ交換留学生として去って行ったのが2ヶ月前。
その彼女の代わりのように、彼女の異母妹がやって来たのが1ヶ月前の事だ。
学園の顔の1つとして名高い彼女の、腹違いとはいえ妹という事で、少女は密かな注目を受けた。
明るい空色の瞳に柔らかそうなブロンドの巻き毛。薔薇色の頬に紅い唇はいつも楽しそうな微笑みの形をかたどっていた。
そして、表情の通り明るく元気な性格。
侯爵令嬢としては、いささか元気すぎるものの、よく躾けられ大人しい令嬢達ばかりに囲まれていた高位貴族の子息達には新鮮に映ったのだろう。
気がつけば彼女の周りには男の取り巻きが出来つつあった。
最初のうちは、やんちゃな仔猫を眺めているようなたわいのない好意の視線だったのが、いつのまにか本気度を増していく。
彼女と接する事の多い人間ほど、堕ちるのは早いみたいだ。
別に、それが一般貴族の中ですんでいたなら、警戒しなくても良かったんだ。
単なる恋の鞘当てとして、勝手にしろと放置もできた。
だけど。
「生徒会メンバーはマズイだろう」
何気なく眺めた窓の外の光景にため息がでる。
生徒会メンバーが、1人の少女を取り囲みキャッキャウフフな世界を繰り広げていた。
「凄いよね、あの子。さっきまで、僕に訳知り顏で話しかけてきてたのに」
いつの間にか隣に立ったランディが、同じものを見て苦笑している。
「………トラウマでも優しく慰められたか?」
唐突に尋ねれば、ビックリしたような顔でコッチを見られ、肩をすくめる。
「第3王子は兄達より劣っていると落ち込んでいるところを、宰相の息子は家族との不和を。騎士団長の所は……なんだったかな?」
視界の中にいる彼等を見ながら1人1人指折り数えれば呆れたようにため息をつかれた。
「君の情報網はどうなっているのか、1度じっくり教えて欲しいものだね」
「学園の中でのやり取りを秘密にするのは難しいよ。特に彼等は人気者だからね。何処かしらに視線はあるものさ。
で?どうだった?」
うっすらと笑顔で促せば、嫌そうな顔をされた。失礼な奴だな。
「昔の婚約者との諍いを突かれた。
確かに、こじれさせていたら厄介なことになっていただろうが、何処かのお節介が仲介してくれたからね。
今では笑い話になっていることを、したり顔で同情されても、なんで知っているのかと驚きこそすれ、どうという事もない」
ため息交じりの言葉に思い出す。
中等部に入ったばかりの頃、寮で同室だったこいつが、婚約者の地雷を見事に踏み抜いて大騒ぎだったのだ(中等部では協調性を養うためと基本相部屋を与えられる)
同室者が暗いと生活環境が悪くて大変だったため、らしくなくもお節介に乗り出したのだ。
以来、心の友と懐かれてしまったのは計算外だったが、おかげでこいつの婚約者の友人だったライナスと知り合う事ができたので±0だと思う事にしている。
「それはまた、古い話を持ち出してきたものだな」
予想外のトラウマに笑いが漏れる。
「笑い事じゃないだろう。全員がその調子なら、彼女の情報網はそれこそどうなっているんだ?」
先程とは違い、笑いのない真剣な顔で窓の外を見下ろすランディに肩をすくめる。
「それよりも、目先の問題は山積みだよ、風紀委員長殿」
机の上に積み上げられた報告書の束を指し示す。
「生徒から苦情の嵐だ。幸いコッチが出るほどではまだ無いが、このままでは時間の問題だ」
学園の温室の私物化。無許可での特別教室の使用。公共の場での横暴な振る舞い。
1つ1つは些細でも、積み上がれば大きな壁になる。
「このままでは、学園内が荒れる。表立ったものは、取り敢えず風紀の仕事だろう。裏からもガス抜きは指示しているが、そうは持たないだろうな」
決定的な引き金が引かれてしまえば、下手したらお家問題に関わってくる。
出来れば、そこまでの大事にしたく無い。
と、いうか、ライナスがいない今、そんな大きな問題にしたら、預かっている私の手腕が疑われる事になる。
そんなのは御免こうむる。
「ライナスの身内で無ければ、どうとでも出来るものを」
学園内は身分を問わない、とはいうものの、あくまで建前だ。
ぽっと出でも「侯爵令嬢」の肩書がある以上、下手に叩き潰すわけにもいかない。
「まったく、厄介だな」
「……頼むから、物騒な事つぶやきながら笑うのは止めてくれ。夢に出そうだ」
心の底から嫌そうな声に顔を向ければ、なぜだかランディの顔色が悪い。
そんなにヤバい表情をしてたのか?
「一瞬彼等に同情したよ」と、後に親しい者達との茶会でランディがこぼしていたという。
甚だ不本意だ。
それからの調整は正に綱渡りだった。
繊細な調整は神経を削る。
思わず、身内の不始末は自分でつけてもらおうとライナスを呼び戻す画策をしたのもしょうがないだろう。
疲れていたんだ。しょうがない。
楽しい留学期間を切り上げられ怒り心頭だったみたいだが、こっちはこっちで次々と噴出する問題を、まるでもぐらたたき並みに潰して回っていたのだ。
蔑ろにされていた奴らの婚約者達の不満や不安を宥め、理不尽に虐げられそうになっていた生徒のフォローをし、レッドゾーンに足を踏み込もうとする馬鹿どもの気をそらす。
途中で、面倒くさいと投げ出さなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
いっそ全てを放置して最後に叩き潰したかったのは山々だったが、その道を選べば下手したら人死にが出る。
私自身はそんな事で痛む心は持ち合わせていないが、冷たいふりして実は温情派のライナスが悲しむだろうと思ってしまえば、選ぶ道は自ずと決まった。
けど、少しの意地悪くらいは許されると思わないか?
少なくとも徹夜で奔走した分くらいの気晴らしと楽しみは貰ってもバチは当たらないはずだ。
絶妙のタイミングで現れたライナスが鮮やかな手腕で持って場を納めて見せ、浮かれた馬鹿どもはキツイお灸を据えられ、無事、学園に戻ってきた。
役職もリコールはせず、取り敢えずはそのままで様子見となった。
暫くは冷たい視線が痛いだろうが、得難い経験の代金だと思って耐えてくれ。
正気に戻れば、元々能力もカリスマ性も持ち合わせているメンバーだ。
今回の事で、もう1つ上のレベルに上がる事だろう。
そのために面倒に耐えたのだから、そうなって貰わなければ困る。
「なんだかんだ言って、面倒見が良いのはイオンだと思うのよね」
今回の件での面倒な書類整理もようやく終わりを見せ、息抜きのお茶を飲んでいる時にシミジミと言われ、危うくお茶を吹きそうになる。
「そのありがたくも迷惑な評価はどこから出たんだい?」
根性で飲み下し、表情を崩さないまま問いかければ、ライナスがニッコリと笑った。
「面倒と言いながらも、ただ1人の追放者も出さず、むしろ彼等の成長の手助けまでしてのけた、今回の件での事ですよ?」
「退学者なら出そうじゃないか」
肩を竦めて返せば、ライナスの顔が顰められる。
「あれはねぇ、もう、しょうがないかと。だって、会話が通じないのですもの」
ため息と共に語られる異母妹は、なかなかにイタい頭の持ち主だったらしい。
まぁ、この貴族社会で婚約者持ちの男達を周りに侍らせた時点でお察しだ。
侯爵家の名誉の為にも、良くて軟禁か修道院送りだろう。
「まぁ、平和が戻って何よりだ。私は当分ノンビリさせてもらうよ」
何しろ今回の件で、向こう1年分くらいの対人スキルを使い果たした気がするしね。
ライナスも戻ってきた事だし、表舞台は御免こうむる。
「良くないわよ。私のじゆ…………留学期間、まだ残ってたのに。今からでも再受け入れしてもらえないかしら?」
未練がましくつぶやくライナスに、ニッコリとイイ笑顔を浮かべて見せる。
「無理だと思うよ?代わりの人物は、もう送り込んじゃったしね」
「はぁ〜?誰よ??」
「君の親友。今回の件での1番の被害者でもあるし、ね。新しい環境で、改めて今後の事をゆっくり考えてみるのも良いかと思って」
そう言ってみれば、案の定反論できるはずもなく。
苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
「絶対嫌がらせだわ」とかつぶやきが聞こえたけど華麗にスルーさせてもらう。
………今更、あっちに戻すわけがないだろう?
ずいぶん楽しそうな事になっていた報告も来てるし、ね。
国が変わっても、彼女の人たらしの才能はいかんなく発揮されてたみたいで、異母妹とは違って、男女混合の健全取り巻きが形成されつつあったらしい。
これ以上のライバル増加は本当に面倒だ。
今でさえ、隣の椅子をキープするのに苦労させられてるのに。
温くなってしまった紅茶を入れなおそうと立ち上がると、何気なく窓の外に目がいく。
大分日差しが強まり、もう、すっかり夏の気配だ。
不自然極まりない集団の代わりに、バラ園をノンビリ散策する何組かの生徒達がいる。
「本当に、平和が1番だね」
小さく呟けば、視界の隅で微笑む彼女がみえた。
イオン君、これじゃ単なる苦労人な気が。
腹黒どこいった?どうしてこうなった?
本当に本当にごめんなさい(ー ー;)
言い訳だけ残して逃亡します。
トウッ!
読んでくださって、ありがとうございました。