表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/72

雨宿り 2

グリフォンとネイロの二人が雨に追い立てられるようにして転がり込んだその小さな宿は、思いの外居心地の良さげな雰囲気だった。

遣り手の女将と二人の看板娘が主に接客を担当し、亭主とその跡取り息子は厨房や裏方に徹しているのだという。

女将の女性らしい気の利いた心配りが好評で、カレニアを訪れる度にここを利用するという贔屓の客も多いらしい。



「この近くで繁盛してそうな酒場を何軒か教えて貰えないだろうか」


男は食堂ダイニングに賄い料理を運んで来た宿の娘に声を掛けた。

こういった情報は地元の人間の評価が重要だ。


「酒場ですか?それなら兄か父の方が詳しいですよ」


―――それは尤も。

いくら地元の人間でも若い娘がそうそう盛り場に出入りするものではない。


「兄さーん。ねえ、ちょっとー」


娘が厨房の奥に向かって声を掛けると、奥の方からのっそりと大柄な青年が顔を出した。


「なんだよ、今仕込み中だぜメイベル」


「お客さんが近所の酒場について知りたいそうなの。兄さんしょっちゅう飲みに行ってるでしょ!」


「家で飲ませて貰えねぇんだから、しょーがねえだろが!……と、スンマセン」


朴訥ぼくとつそうな青年はポリポリと頭を掻きながら男に会釈を返した。


「この近所で飲みに行くなら『跳ね馬』か『青の湖水亭』がイチオシですかね。少し歩いても構わないなら大通りの『アムリタ』がお勧めかなぁ。酒も料理も手頃な値段で楽しめるし」


「……なるほど、参考になる」


「だがよ、こう天気が悪くちゃ出掛けるのも億劫なもんさ旦那」


「ああ、表に出る度泥塗れになるんで敵わんよ」


何故か次々と近くの席にいた客が会話に加わって来た。


「俺ぁもうかれこれ三日も雨で足止めだ。急ぎの仕事も控えてるってのに散々さ」


全くだ本当だとあちこちから同意の声が上がる。

どうやら宿泊客達は既に長雨にうんざりしている様子だ。

暇を持て余して人の集まる食堂ダイニングに降りて来ては、世間話をして時間を潰すぐらいしかやることがないのだろう。

外の天気は最早豪雨と呼べる状況で、今更何処かへ出掛ける気など起きる気がしない。


ならばと思いいつもの営業時の習慣で椅子の背もたれの位置をまさぐって、男は自分の楽器を部屋に置いてきた事を思い出した。

湿気に当てた分後で手入れをするつもりでいたのだ。


―――やれやれ仕事初めの絶好の機会タイミングを逃したか。


『グリフ~』


少しばかり惜しいことをしたと男が小さく溜め息をついた直後、聞き慣れた少女の軽やかな声が耳に届いた。

その手にはいつ如何なる時にも手離さぬ竪琴リラをくるんだ布包みが抱えられている。


「…良いタイミングだネイロ」


『???』


「―――では、新参者が挨拶代わりに一曲披露しよう」





男が人前でギタール無しでネイロの竪琴に合わせて歌うのは初めての事だったが、それはそれで趣が変わって新鮮な気分でもあった。


「お客さん、楽士だったんですか!凄く綺麗な歌でした!」


「あたしもう一回最初から聴きたいです!」


看板娘の姉妹は興奮覚めやらぬ様子で感想をまくしたてた。

男が唄ったのはごく短い古謡だったにもかかわらず、歌を聴きつけた他の客や何故か《金の麦穂》亭一家が全員集まって来ていて、ほんの挨拶代わりがいつの間にやらちょっとした演奏会サロンに様変わりしてしいた。


「ああ…、それで酒場の事を聞いてたのか。仕事するんだろう?なら、やっぱり俺の一番のお勧めは《アムリタ》だな。客の入りも良いし、店の雰囲気も明るて馴染みやすいと思う」


「ええ~、兄さん!余所の店なんか薦めてないでウチで唄ってもらえば良いのに~」


「リンカ、人様のお仕事に口を挟むんじゃありませんよ」


「だって母さん~」


口を尖らす幼げな下の娘に女将はたしなめるような視線を向けた。


「うちみたいに小さな宿屋とこじゃあ、商売になりゃしませんよ。お泊まりのお客様以外は出入りがないんだから」


「むぅ~」


『ねーグリフ、なんか拗ねてるっぽいよ?なんて言ってるのかなぁ…』


茶色いが自分を見上げて首を傾げている様子に、ネイロが何を気にしているのか大体察しがついた男は、微かに頷いてから口を開いた。


「…無論、要望が有れば自分はどこでも歌う。流れの楽士などそれが仕事だ。おまけにこの天気では表を出歩く事もままならない。亭主の許しが得られるなら今夜はここで歌わせて貰えるとありがたいのだが」


「わぁ!やったー!」


「おお、そりゃ良い!」


娘や客が手放しで喜ぶ様を見て、亭主に否やの有ろうはずも無かった。



『ねー…、グリフ』


「なんだ?」


心持ちションボリとした少女に衣服の裾を掴まれて、今度は男が首を傾げた。


キュルルル…


『あぅ…、お腹空いた…』


「すまん、忘れていた」




賄い料理の後に出された甘いプディングに相好を崩す少女の前に、男が無言で自分の分の皿を押し出すと、少女は匙をくわえたまま実に分かり易くキラキラと目を輝かせて『グリフ、太っ腹!』とのたまった。


「……何を言ってるのか分からんが」


何となくニュアンス的におだてられてる事は理解できた。




























































































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ