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歌う鷲と奏でる兎

本日2話目、これにて終幕。

翌朝照れ臭そうな顔でサロンに姿を現した二人に、まとまるところにまとまったとの報告をされた自称“若手商人”の面々は、結局元鞘に収まったのかと少々残念に思いながらも、本心はお首にも出さず大人の対応で心からの笑顔で祝福を送った。


間違っても昨夜はどうだった?などと不粋な事は聞かない。

約一名余計な事を言い掛けた“大人”は友人に両脇を固められ、口許を塞がれて良い子に徹したとかしなかったとか。


その後、流民という身分で実質高級宿泊施設以上の豪邸に何日もタダで居候をする、という非常識をかました娘はその事を大層申し訳ながり、三人それぞれに少しずつ役立ちそうなアドバイスを残した。


ラルゴには奥方が着付けの際に興味を示した、“あちら”風の下着のデザインのあれこれと、こちらの世界でも浮かない程度に『ほどほどに』斬新な機能的な衣服のデザインを。


リフレにはまだ『贅沢品』という括りから抜け出ないお茶に関するブレンドという知識。

実際に庭先のハーブや果実を組み合わせた飲み方を披露したら、物凄く食い付きが激し…好評だった。


レジオには娯楽系のヒントを幾つか。トランプだの双六だの身分の上下なく広められそうな物を選択して提供。

ついでに繊細な女心の取り扱いに関する心得を少々…いやかなり力を入れて説明したのだが、こちらは余計なお世話だとソッポを向かれておしまいになった。


この三人はその後、中原シンハラ全土に名を知られる遣り手の商人になったりするのだが、それはまだかなり先の話。



そして肝心の当の二人もその後何事もなくめでたしめでたしとはゆかず、何度も騒動に巻き込まれくっついたり離れたりを繰り返す事となって、その都度駆け込み寺よろしくあちこちにいる“知人”の元に走ったりするのだが。


何故かその『騒動』を元ネタにした芝居が、主人公二人の名前を変えて世間で大流行をする事になり、後の世で最もその名を知られた(ただし仮名)吟遊詩人(とその恋人)になったとかならなかったとか。


それもまあ、まだ少しだけ将来の話。


因みに、様々な女難に遭遇する色男の吟遊詩人とそれを支える献身的な竪琴弾きの娘の物語を創作して世間に広めたのは、喜劇で名を馳せた《暁の女神》一座であるらしい。







季節は春、花も盛りの麗らかな陽射しの下。


行き交う旅人もまばらな長閑な街道を、二人の男女が寄り添うようにして歩いていた。


男の方は見上げるように背が高く、編み込んだ灰色の髪をそのまま背に流した風変わりな髪型をしている。

日除けのつば広の帽子と長旅に備えた重そうな外套の下の身体は、どちらかといえば傭兵辺りにも思えるが、その背中にはギタールという楽器が背負われていて、生業が音楽に携わる者であるらしい事が見て取れる。


正面から見据えられたら大抵の人間が気圧され、目を反らさずにはいられない鋭い目付きも今は穏やかに凪いで、自らの隣を歩く若い連れ合いの上に静かに注がれている。


そしてその隣を歩く若い女の方は、柔らかな輪郭を描くほっそりとした体つきの娘で、大柄な男と並ぶとまるで小枝のようでもあった。

だが、なよやかに見える容姿とは裏腹に、その琥珀色の大きな目は実に悪戯そうに輝いていて、弾むような足取りと相まってまるで野兎のように溌剌として見える。


おまけに歩きながら鼻歌まで出る辺り、かなり機嫌も良いようだ。



「ねえねえ、グリフー。今日は何処まで行くの?」


「…さあな、行ける所までだ」


「ふふっ、そっかぁ」


「……おかしな奴だな。何を笑っている?」


「んー?グリフが笑ってるからかな」


「………そうか」


「そうだよ」


何と言う事もない、他愛もない会話。

他人が見たらまず間違いなく砂糖を吐いて“爆ぜろ!!”と唱える類いのやつだ。

成り立ての恋人同士というものは、いつの世もそうしたものと相場が決まっている。


そうして暫く無言で歩いた後に、男の方がやや緊張した面持ちで娘に語り掛けた。


「……いつか、で構わない。いつか…お前の話を聞かせて欲しい」


「……私の…話……?」


思いがけない言葉だったらしく、目を見開いて瞬きを繰り返す娘に、男は慎重に言葉を選んで続けた。


「お前の故郷の事や家族の…いや…何でも構わないんだ。お前の事であれば何でも聞いてみたいと思う。今更かと思うかも知れないが…」


男のその言葉に娘は嬉しそうに、そしてほんの少しだけ困ったような笑みを浮かべて頷いた。


「うん…、私も聞いて欲しいかな」


でもどう言って説明しようか、そんな風に迷いながら。


まずは大好きだった両親の話から。

そして思い出の詰まった故郷の物語。

それから世界一美しいと思った桜の事を。


鮮やかな色彩と音色に包まれたこの世界の春の野辺で。


たとえこの先どれだけたくさんの涙に出逢うとしても、同じだけの笑みにも巡り会える事を願いつつ。




そうだね、今は、『めでたしめでたし』で締め括ろうか。


“あなたの送る人生が幸せな音色に満ち溢れますように”


そう、祈りをこめて。










お付き合いありがとうございました。

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