花の庭にて 3
短いです。スミマセン。
視線を獲物に固定したまま生ける彫像と化した大鷲が、固まり続ける事暫し―――――。
当事者二人の間には、何ともいえない微妙な空気が漂っていた。
(…………なんだろこの放置っぷり。人の顔見て一言も無しとか…、いよいよ手切れの台詞でも出てくるのかな)
あらかじめ用意していたはずの口説き文句が一つ残らず頭から吹っ飛び、混乱の余り言語中枢の機能を完全停止させた男を前に不安を募らせる娘。
だが、そもそも余計な騒ぎを起こして男の元を飛び出して来たのはネイロ自身。
それについて何を言われようがどんな結果を招こうが、自らの自業自得だと一応自覚はしていた。
一緒に居たいなら、これまでそうしてきたように男の悪癖にずっと目を瞑り続ければ良かったのだ。
その“だけ”がどうしても我慢出来ないとなれば、どうしたって選べる道は一つしかない。
(遅かれ早かれこうなったって事かぁ…)
胸の内で静かに覚悟を決めたネイロは、無言を貫く相方にヒタリと視線を注ぎ、辛抱強くその言葉を待った。
(―――動揺するな…動揺するな、私。自分で蒔いたタネなんだから…)
「………っ、、」
事情を知る一部の見物人は、ハラハラしながら無言で向かい合う師弟を眺めていたが、内心では誰もが男の尻を蹴飛ばしたくて堪らない気分だった。
(そこで何故黙るのですか、この男は!)
(…おい、レジオ。嬢ちゃんの目が据わってキテるぞ)
(くっ…!―――このヘタレ三白眼!!)
(ぐおぉぉぉおう!見ててイライラするったらナイわぁ!!!誰か奴の尻毛に火ィ着けておやんなさい――――っ!!)
((合点承知~~~!!))
―――等々。実に混沌とした空気が辺りに充満し始めている。
こんな雰囲気の中では絶対ろくな話し合いにならないにならない、と誰もがそう思った、その時。
「ぼく、おねえさんの歌がききたいです!」
ピリピリと一触即発の緊張感を孕んでいた空気が、弾むような子供の声でふと弛んだ。
「…おっ、おお。そうだな!そりゃいい、それでいこうお嬢ちゃん」
「そうですね!久し振りにネイロの故郷の歌を聴かせて下さい。息子も楽しみにしていたんですよ」
空気の読める妻帯者二人がすかさずフォローにまわり、どのみちそのまま延々無言で睨み合いを続けているという訳にもいかなくなった師弟は、ひとまず仕切り直しにそれぞれの楽器を構え直した。
楽士としてこの場に呼ばれたグリフォンは当然の事、盛装姿のネイロもいつもの白木の竪琴をいつでも弾けるように膝の定位置に引き寄せる。
「何かリクエストがありますか?」
「それなら覚えやすい歌を何曲か。子供にも歌えそうなものが良いですね」
向けられた問いに答えたのは、子供の父親であるリフレだ。
見るからに子煩悩そうで、『良き父』『良き夫』である事が容易に見て取れる。
(いいなぁ…)
幸せな家族像はネイロの憧れだ。
恋愛云々より寧ろそちらの方が重要だとさえ思う。
歌はネイロの故郷の唱歌と定番のアニソン数曲が披露された。
初めは耳慣れない曲調と日本語の歌詞に不思議そうな表情をしていた客達も、ノリのいい軽いリズムの曲ばかりが選ばれていたため、最後の方ではメロディを口ずさんだり身体でリズムを刻むような仕草までが見られた。
“愛と平和と友情”を叫ぶ子供番組の主題歌のキャッチーさは世界の壁を越えて伝わったらしい。
そしてネイロが歌と演奏に徹する間、ベロニカにコッソリ物陰に連れ込まれたグリフォンは般若顔の女形達に囲まれ、しこたま説教を食らっていた。
「ナニやってんのグリフォン!」
「肝心な場面で黙りってどーゆう事っ!?」
「あのねえ…っ、四の五の言ってないでとっとと口説きなさい!モタモタしてたらあの娘に三行半突き付けられてお仕舞いよ!いま崖っぷちよアンタ!!あの腹を括った顔を見た!?」
「……だが…」
「気後れなんかしてる場合!?ここまで来といて今更何に遠慮してんのか知らないけど、復縁する気が無いならこの際キッパリ振られてらっしゃい!……中途半端に未練を残すもんじゃないわ」
「……っ、、」
辛辣ではあるが単なる野次馬根性からくるお節介以上の気遣いが含まれたベロニカの言葉に、男は押し黙るしかなかった。
たかだか十六になったばかりの小娘と一回りも年嵩の男。分別のある態度を求められるのがどちらかなどと、端から問われるまでもない事だった。




