流れ行く
サイドテーブルに置かれたランプの灯り一つだけの薄暗い小部屋に、くぅくぅと穏やかな少女の寝息が響く。
ネイロにとっての初めての“仕事”はそこそこ成功を納めたと言って良い出来だった。
―――ただその後が少々締まらなかっただけで。
盛り上がったその場の雰囲気で立て続けに数曲唄い、喉が渇いただろうと店主に差し出された飲み物がアルコール。
酒精の弱い果実酒ではあったものの、どうやらネイロは酒そのものを飲み慣れていなかったようで、グラスを半分空けたところで真っ赤に染まって目を回し、舌足らずな口調でふにゃふにゃと寝言をさえずり始めたため、男は仕方なく少女を担いで宿に連れ帰る事になった。
色々と未発達な少女とはいえ、あのまま店に寝転がしておいたら間違いなく酔っ払いにお持ち帰りされていただろう。
……今後酒には要注意だ。
男が狭い寝台の上で懐から取り出した革袋の中身を広げると、硬貨が擦れてジャラリと固い音が鳴った。
小さな田舎町での僅か数日分の稼ぎにしては、既に上出来の部類の金額がそこには集まっている。
そろそろ次の町に移動する頃合いかもしれない。
春は祝い事や祭りの類いには事欠かない季節。浮かれついでに財布の紐もゆるくなる。
より集客力のある大きな街なら長期間の滞在も可能であるし、弟子をじっくり仕込むならその方が確実だろう。
男は少女の幼げな寝顔を眺め、ふと酒場の亭主の言葉を思い起こした。
『その娘を人前に出すなら、もう少し着飾らせてみちゃあどうだい?まだ少々青いがその器量なら良い《顧客》が付くと思うがなぁ』
この場合の《顧客》とは楽士としての職業に付く、という意味合いではない。
世間では流民の芸人など一流どころでもなければ、色を売るのもごく普通の行為と思われているのだ。
だがそれは自分達にとって生きるためのやむを得ない手段に過ぎず、好んで行う行為では無い。
――――女であれば尚のこと。
少女がいずれ独り立ちをして、自らの意思でというならばともかく。
男は自分が身勝手で気紛れな性分であると充分自覚してはいたが、一応芸人としての矜持くらいは持ち合わせがあった。
年端も行かない弟子に娼婦の真似事をさせて稼ぐくらいなら、最初から拾い上げたりはしない。
* * *
翌朝私が目を覚ました時、グリフォンは既に身支度を整えて、見慣れた外套に袖を通しているところだった。
一瞬置いていかれるのかと思って思わず外套の端をギュッと掴んだら、苦笑の表情を浮かべたグリフォンに頭をポンポンと撫でられた。
身振りで荷物をまとめるように言われ、慌てて手早く上着を羽織ってからリュックの中身をチェック。
元々持ち物が少ないからそんなに時間はかからない。後は竪琴を専用の革ケースに収めれば、あっという間に準備は完了した。
『えっと…、この後どうするの…?』
言葉が通じないのは分かりきってるけど、自然と口は動くもの。
身長差からその顔を見上げるようにして表情を窺うと、グリフォンは微かに口の端を引き上げてクイと顎で扉を示し、そのままスタスタと歩き始めた。
『あ、待って…!』
この日の午前中に町中であれこれと旅の準備を整えた私達は、その後十日近く滞在していたこの小さな町を旅立った。
―――行き先は、不明。