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願わくば、桜の下にて

ちょっと暗めです。

グリフォンの歌を初めて耳にした時―――私は、本物の天使の歌声なんじゃないかと思った。


空を渡る風のような、降り注ぐ光のような、晴れやかで透明な響きのその歌声に包み込まれて、全身が歓喜するかのように震えたのを覚えている。


でもまぁ、一瞬後には別の意味で震える羽目にもなったけど。


気がついたら見知らぬ場所に放り出されて、言葉も通じない相手と二人きり。

しかもその相手が、どうやっても堅気に見えない強面コワモテ三白眼の大男。


―――これは泣きたくなっても仕方無いと思う。


だけどその暗殺者アサシン顔の吟遊詩人(?)は、思いの外面倒見が良かった。


何がどうなってるのか訳が分からないのはほぼあっちも同じで、そのまま放置されても不思議じゃなかったのに、気付いたらそのまま成り行きで行動を共にするようになって。


いつの間にかグリフォンが、一緒に居て当たり前の人になった。


私達はこの一年言葉で会話するよりもはるかに多くの『音』を交わし合い、呼吸をするほど自然に互いの音色を寄り添わせて時間を過ごした。


―――だから錯覚しちゃったのかな。


あの人の傍の居心地良さに、このままの関係がいつまでも続くような気さえしてた。


お互いより大事な人が出来てしまえばそれまでだと、本当は気付いていながら敢えてそこから目を反らし続けて。


だって、私にはこの世でグリフォン以上に大事な人なんて居ないけど、それはこの世界で生まれ育ったグリフォンとは事情が全くの別物だから。


彼には彼の、私の知らない二十数年の時間があって、そこには私が知らない人達との関わりがある。

――――『捨てられる』としたら確実に私の方だし、そんなのちょっと悔し過ぎるじゃない。



昼間の一件から芋蔓式に過去の物件(女性問題)その他を色々と思い出し、悶々とする余りに「絶っっっ対眠れない!」とか思ったけど。


翌朝、朝食を運んで来てくれた使用人さんにやんわり起こされるまで爆睡した私って……結構図太い……かもしんない。







「旦那様方は商談で店舗みせの方に出ておりますが、お客様にはこちらの棟でご自由にお過ごし頂くようにと申しつかっております」


早朝と言うには既に幾分遅い時間に客室の扉を叩いた使用人は、見事な手際の良さであっという間にサイドテーブルの上に朝食の膳を整え、ついでにネイロの身支度も整えてから一礼して部屋を退出して行った。


寝台脇に置かれた小振りなのテーブルの上には、今しがた調理したばかりに見える温かい料理が並べられ、香りの良いお茶がカップに注がれてネイロを待ち構えている。

昨夜の食事会では気分的にじっくり料理を味わう余裕も無く、早々に食事を切り上げたお陰で腹の虫が早くも催促をし始める。


「……はぁ。お腹…空いてたのか、私」


ネイロは取り合えず手を合わせ、「いただきます」といつもの挨拶をしてから朝食に手を伸ばした。


メニューは野菜スープと定番のモフル、腸詰めに温野菜と葉物のサラダ。

前日の食事と比べるとかなりシンプルではあるものの、どれもしっかり手が掛けられている。

温かい料理は温かく、こんがりと焼き目の付いた腸詰めは中まで熱々、葉物野菜はシャキシャキと瑞々しい。


「…おいし」


電子レンジや冷蔵庫といった便利な道具が無い世界では適温保存がとても難しい。


肝心の材料も季節毎に得られる作物がはっきりと別れるため、旬が過ぎれば手に入らなくなる物が多く、冬場の食料は保存の効く品目に限定される。


(物語に定番の便利魔法とかがあればなぁー…。もしくは四○元ポケット的なアイテムとか…)


だがそれはかつての故郷と同様“こちら側”でも完全に夢物語の領域だ。


朝食を摂り終えたネイロはその後暇を持て余した。

『自由に過ごして良い』とは言われたものの、初めて訪問した他人様ひとさまのお宅を案内も無しでうろつくのは少しばかり気が引ける上に、万が一見知らぬ相手と遭遇した場合の対応がイマイチよく分からない。


レジオはネイロの事を使用人達には『客』だと説明したようだが、レジオ・アレグロの商会みせは流民の小娘風情がうっかり上がり込むお宅にしては敷居が高過ぎる。

実際の身分や家格は不明なのだが、こちらの庶民感覚で判断するなら完全な豪邸の部類に入る。


貴族と平民の間に歴然とした身分差が存在するように、平民と流民では明文化されてはいないまでも社会的には確実に差別化がなされているため、平民の中には流民を蔑視する者も多い。

『流民』と聞いてあからさまに顔をしかめ、見下す人間がけして珍しくは無いのだ。


住処を定めず流れ暮らし、土地のしがらみに縛られぬ代わりに『法』に守られる事も無い流民の、善し悪しは別として犯罪に関わり易い立ち位置が、一般人から最も忌避される要因のひとつになっている。


つまりネイロとしては冷静になって正気を取り戻した分、


「……私、怪しいよねぇ。こんな立派なお宅に招かれるような身分じゃないしー。ウロウロしてて知らない人に見つかって摘まみ出されたりしたらどうしよう」


というような躊躇ためらいがどうしても拭いきれない。


そしてふと何気無く視線を窓の外にめぐらせ、春の庭先に咲き誇る色とりどりの花の上で目が留まった。

ネイロに割り当てられた部屋は一階にあり、両開きの大きな窓から直接庭に降りられる造りになっている。


そよそよと気持ち良さげに風に揺れる花々の姿に惹かれて窓を開ければ、ふわりと甘い香りに鼻をくすぐられて、自然とその足は庭園に向かって動き出していた。



『―――are you going to……』


〈スカボロゥ・フェアへ行くのですか

パセリ セージ ローズマリーにタイム

あの町を訪れたなら ある人を訪ねてください

かつて私の恋人であったその人を…〉



うろ覚えの歌の歌詞を記憶の泉から手繰り寄せながら、再生したメロディを竪琴に乗せる。

一人で居ると時々こうやって忘れていた曲を思い出す事がある。

そして、今はもう誰も居ない故郷の面影も。



…今年もまた桜は咲いただろうか。

転居の多い生活で住処すみかが変わる度、毎年春になると家族揃って近所の桜を探し歩いた。

だから、ネイロにとっての故郷の象徴は、『家』ではなく桜のある風景そのものだ。


舞い落ちる薄紅の花弁の下、親子三人で手を繋いで歩いた小路。


駆け落ち同然で結ばれた両親には頼りに出来る身内はおらず、互いの祖国ふるさとから遠く離れた異国の地で、家族だけが心の拠り所だった。


それでも家族わたしたちは―――…




「私……、幸せだったよ。お父さん…お母さん」


























































































































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