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安心してください、一般人ですよ。

豪商の館の一室としてはごくこじんまりと整えられた広間に、今回客として招かれた娘が姿を現した瞬間、男達は三人三様の驚きを示して目を見張った。


「お招きありがとうございます…」


鈴を鳴らしたような声で優雅に礼をして見せた娘は、先程までの町娘のような身形ではなく、まるで上流階級の子女が着るようなく裾の長い衣装ドレスを身に纏い、盛装に合わせて髪を美しく結い上げていた。


(((――――これは誰だ…)))


三人の心の声がおそらくひとつになった瞬間だった。



「これは…驚きました!まるで深窓の御令嬢のようじゃありませんか」


「おぉ、いや、たまげた!エライ別嬪だ」


「……………!!」


物腰柔らかな紳士が純粋な驚きを見せたのに対し、チョイシブオヤジは顎髭を撫でつけながらニヤリと笑い、レジオ・アレグロに至っては驚き過ぎて言葉も出ない様子。


「ふっふっふ、もっと褒めてくれて良いのです!」


ペコリとお辞儀をした後の娘の表情が、イタズラを成功させた子供の顔だったため、男達は全員どこかほっとした気分で胸を撫で下ろした。


「レジオが堅苦しいのを嫌って給仕の使用人を下げてしまいましたから、私が代わりを務めましょう。――――ああ、いい年をした男共はご自分でどうぞ」


三人の中でも一番雰囲気がやわらかいリフレが、ネイロの給仕を買って出た。


「ありがとうございます。すみませんリフレさん」


「いえいえ、本来こういったおもてなしは一家のホストの役割なのですが…。肝心の主がまだ呆然としてますからねぇ」


「…あ、いや、悪ィ」


「やだねぇ、これだから独り者は」


ニヤニヤと横目で揶揄するような視線を浴びせられたレジオは、決まり悪そうに咳払いをした。


「ゴホン、祭りに合わせて従業員に休みをやっちまったもんでな、ちと人手が足らんのは勘弁してくれ」


「我々は構いませんよ、勝手知ったる他人の家ですから」


「そーいうこった」


「……お前らに気ぃ遣ってる訳じゃねえんだがな」


気心の知れた者同士の気安いやり取りに、娘が首を傾げる。


「ひょっとして、レジオさん達って昔からのお友達?」


「おや、分かりますか」


「何となく」


単に同業者同士というだけの繋がりにしては、口調が砕け過ぎている。

言葉が理解出来るようになったからこその指摘ではあるが。


「さぁ、それより腹拵えだ!うちの料理人が腕によりをかけた飯だから、どんどん食えよ」


「じゃあ、遠慮なくー」


「おう、食え食え」


レジオが言うだけの事はあって、テーブルの上にはたった四人の食事にしてはやたらと豪勢な料理がところ狭しと並べられている。

全員が各自銘々に好みの料理を取り分けて席に着くのを待ってから、ネイロは銀のカトラリーに手を伸ばした。


(こうゆうのこっちに来てから初めて見るなぁ…。多少形が違うけどナイフとフォークだ)


庶民の食事は手掴みが基本で、食事を口に運ぶ道具は木匙か同じく木製の二股フォークぐらいしかお目に掛からないという、わりとアバウトな生活がこの一年続いていたため感動的ですらある。


ただ食事の作法が自分の知っているものと同じかどうかまでは分からなかったため、一応他の三人が料理を口に運ぶのを見届けてから、目の前に置かれた皿に取り掛かった。


大きめの銀のプレートにはメインの肉料理の他に付け合わせのマリネや野菜を使った料理が彩り良く盛り付けられ、『見た目からして楽しめる食事』が見事に演出されている。


「……おいしいです!」


「そうだろう?うちは代々当主が美食家でな。食に関してはかなり拘ってるんだ」


「嬢ちゃんは運が良い。普段のレジオは粗食主義なんだが、行事や何やらで“ここぞ”という時はケチらない男だからな」


「それでこんなに食事が豪勢なの?」


「余った料理は運悪く休みが取れなかった従業員達に振る舞われるんですよ」


「ふぅん、いいね、そういうの。美味しいものは皆で分け合えば、きっともっと美味しく感じるからね」


「だろう?」



そんな風にして、食事中は敢えて誰も昼間の一件には触れないまま、他愛もない話題を交わしながら和やかな時間が過ぎた。







表面上は平静を装ってはいても、かつての『少女』の屈託の無い笑顔を知る三人としては、当人が気持ちの上で色々と無理をしている事が手に取るように解った。


まだ宵の口早々の時刻に食事の礼を述べて客間に戻るその後ろ姿を笑顔で見送った後、男三人は一斉に何ともやりきれない溜め息を吐き出した。


「―――あの楽士殿はいったい何処からあの娘を拐って来たんだろうなあ?とてもただの野育ちの娘とは思えんぞ!高級嗜好品の茶を飲み慣れていて、しかも“甘味の摂りすぎ”を気にするあたりなんざ貴族でもなきゃ出ない発想だ」


商売で日用品や嗜好品を手広く扱うラルゴが不思議そうに頭を振る。


「それに食事の作法マナーもきちんとしていました。こちらが説明する前にナイフやフォークの使い方を理解していたようですしねぇ…」


果実酒の入ったグラスをもてあそびながら酒肴をつつく薬問屋も同意の相槌を打つ。


「…それだけじゃねえ、風呂の世話をした使用人が『あのお嬢様は蒸し風呂をご存じのようで、私の出番はございませんでした』と言って来たんだが…」


「なに?」


「―――どういう事です?あれは新し物好きのレジオが、はるばる余所の国から技術者を呼び寄せて造り上げたせ設備だったはずではありませんでたか?」


「いや、その通りなんだが…」


かつて統一されていた十六の潘国には、さほど大きな文化の違いは存在しないと言って良い。

南と北で多少環境が異なるものの、全盛期時代の王朝が築いた様式がそのまま現代に引き継がれている。

つまり諸潘国における『風呂』とは浴槽に湯を張って行う入浴、もしくは沐浴の事を指していて、蒸し風呂は完全な外来文化なのだ。


「なんにせよ、嬢ちゃんが異国生まれだというのは確かなようだな。気になるのはその生国がどこら辺なのかってとこだが…」


「生まれついての身分や地位はともかく、王侯貴族並みの生活に慣れ親しんでいたのは間違いないと思いますよ。そのわりに現在いまの環境にもよく馴染んでいるようですが」


「あー、そりゃ言えてるな。あれは大人しく部屋の中に収まる人形役は向かんだろう。活きが良すぎる」


あの田舎町の小さな宿屋で共に過ごした数日間、まだ少年のような格好なりをしていた少女は、言葉が通じないながらによく喋りよく笑い、周囲の雰囲気を自然と明るく楽しいものに変えてくれていた。


とんでもなく無愛想で口下手な、外見も態度も対称的過ぎる連れの楽士が、どうしても『人買い』にしか見えないのには笑えたが。

当の『少女』がその楽士によくなついているのは、誰の目にも明らかだったものだ。


昨年当時あの宿に泊まり合わせ、少女の日向のような朗らかな笑顔と竪琴の音色に舞聊ぶりょうを慰められた客の多くが、その廻り合わせを幸運に思い、彼等の旅路が恙無つつがなきものであれと心から願った。


――――あの思い出すのも忌々しい事件の後。

雨季が明け雨に足止めされていた者達は、誰もが旅の遅れを取り戻すべく早々に宿を発った。


言葉を交わすいとまも無いまま別れ、胸の片隅に小さな棘を沈めて。


奇妙な縁で彼等と再会するに至った三人の男達が、美しく成長した『少女』の姿に驚嘆しつつ安堵したのも、ただの行きずりに過ぎない筈の相手をいつまでも忘れ去る事が出来ずにいた事の証であるだろう。



「まぁ、何にせよあの二人が丸く収まってくれりゃあ良いがな…」


「おや?レジオはそれで良いんですか」


「……何が言いたいんだお前は」


「あの子は将来有望ですよ。オセロの件でも思いましたけど、まだまだ私達の知らない知識を持っていそうじゃありませんか。この館に来てからの振る舞いや言動を見て、私はそう確信しましたが?」


「ま、抱き込むなら今が良い機会だな。流民が市民権を買い取るには後見人が必要だが、何なら俺が名乗りを上げててもいい」


「お前ら…、一方的に話を進めてんじゃねえよ」


以前自分から同様の誘いをかけた際に、ネイロからキッパリ断られているレジオは少しばかり焦った。


あの時といささか状況が異なる今、改めて誘いを掛けるのもアリかもしれないが、気持ちが弱っているところにつけ入るような真似をするのはどうにも気が引ける。

――――だからといってこの二人に持って行かれればしゃくなのだが。


「……とにかく、無理強いは無しだ。強引な真似をすれば勝手に逃げ出すぞ、あれは」


渋面を作って釘を刺すレジオに古馴染みの二人は生暖かい視線を注ぎ、出来の悪い息子を見る親のような思いで「抜け駆けはしない」とだけ言葉を付け加えた。
































































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