仔兎はおじさまがお好き
いざ本番を始めてから主演女優の不調が発覚するという散々な舞台ではあったものの、幸いそれ以上の失敗に繋がる事もなく、《暁の女神》一座はどうにか無事に終幕まで漕ぎ着ける事が出来た。
そして現在只今、役者は全員舞台を降りて観客サービスの真っ最中。
これも大事な仕事のうちなんだって。
若い女の子にキャアキャア言われて囲まれた男役さんは、キラリと光る白い歯を見せて爽やかな笑顔を大盤振る舞いしてるし、男性陣に人気の女優や踊り子はあざとカワイイ上目遣いでニコリと微笑みながら羞じらいの演技。
それぞれ顧客のハートをガッチリ掴むべく、ぐいぐいアピール。攻めてる攻めてる。
その中でも特にマチルダさんはソロの剣舞で注目を集めてたから、若い男の人達から物凄い人気で、握手を求めるファンやデートのお誘いで群がるファンが次から次へとひっきりなしに現れて、対応するのが大変そうだ。
グリフォンはまぁ…、通常運転だね。
女の人に囲まれて身動きがとれなくなってるけど。
うん、いつも通りだ。
どんな縁が切っ掛けとなって次の仕事に繋がるかも分からないから、とにかくお客さんは大事にしなきゃねっていうベロニカさんの方針には私も同意見。
運が良ければこういう場で後援者に巡り会えたり、玉の輿の良縁に恵まれたりって事もあるかもしれないし。
……もしかして、私も後援者探し頑張った方がいいのかな?
もしこれからグリフォンと別行動をするのなら、色んなツテが有るにこした事はないんだし…。
…………うーん。
そんな事を考えて舞台袖にボケっと突っ立ってたら、人混みの中から何やら見覚えのある顔がこっちに向かって手を振っているのが見えた。
「レジオさん?」
「よう、おチビ!……とと、ネイロ、か。歌が聴こえてもしかしたらと思ったんだが、当りだったな!」
しかもそのレジオさんは更に見覚えのある二人を引き連れている。
「…あ!」
「やあ、覚えててくれたかい。久し振りだなお嬢ちゃん」
「一年見ない間にすっかり美人さんになりましたねー」
「…こんにちわ、お兄さん達」
リンカのお宿で何度もオセロ勝負に付き合わせた商人さん達だ。
口髭がダンディなおじさまとスラリとした細身の学者っぽい、どちらもレジオさんと同年代の人。
「おお、会話が出来るのは良いものだな!」
「キレイな発音ですよ。随分頑張ったんですね」
「うん、頑張りました!」
口髭のおじさまがラルゴさんで、学者風の人がリフレさん。改めてレジオさんから紹介された。
二人はこの近隣の街の商人でレジオさんとは時々顔を合わせる間柄なんだって。
「こいつらとは何日か前に仕事で会ってなぁ。お前さんの話をしたら顔が見たいと言うから探したんだぞ。いつもの界隈をあたれば見つかるかと思ったんだが…」
「そうだったの?ごめんなさい。一昨日から《暁の女神》一座の助っ人に入ってたから、いつもの夜営業はやってなかったの」
「どうりで誰に訊いても居場所が分からなかった訳だぜ…」
あてずっぽうに探し回らせちゃったのかー。
ごめん、レジオさん。
「…元気そうでよかったな」
「そうですね…」
ラルゴさんとリフレさんの小声でのやり取りが耳に入り、二人が何を気に掛けてくれていたのかがすぐに分かった。
―――そっか…、うん。
私は言葉に出す代わりに、ニッコリと微笑んで見せる。
もう、元気だよ?
そしたら二人は揃って軽く目を見張り、口許に優しい笑みを浮かべた。
小さな子供を見るような目付きが、なんだかお父さんみたいだ。
「……うちの奥さんは娘を欲しがってたんですよねぇ。一緒に買い物したり、服を着せ替えて遊べるような」
「おお?それを言うなら俺んとこの倅はそろそろ嫁を探さにゃならん年でなぁ」
………はい?
「まてまてまて、お前ら!何勝手におチビを囲い込もうとしてるんだ!」
「早い者勝ちでしょう」「早い者勝ちだろう」
「あの保護者が手放すと思うか!?」
「「うーん…」」
でも私、今現在その保護者様にポイされそうなんだけど。
グリフォンは昨日のあの状況が誤解だって言い張るけど、たとえそれが本当だったとしても、自分で色々自覚しちゃうとね…。
この先グリフォンの近くに女の人の影がちらつく度に、今度こそ自分は捨てられるかもって思いながら傍に居続けるのは、正直かなりしんどいと思う。
「レジオさん、この間のお誘いってまだ有効かな」
「……何?」
「実は私、近いうちに一人立ち――――ふぎゃっ!」
しようと思ってるんだけど、と言葉を続けようと思ったら。
いきなり背後から伸びてきた大きな掌に膝裏をすくい上げられて、あっという間に頑丈な腕の檻の中に捕獲されてしまった。
「―――ちょっ…、グリフ、何やって…」
知り合いに挨拶も無しでこれはどうかと思う。
しかもいつの間に距離を詰めた!結構離れた位置に居たよね!?
「――――…」
「え?何?」
「―――こいつらに、お前はやらん」
「ハァ!?」
「他人の嫁にくれてやるぐらいなら、俺が、一生面倒をみる」
「―――なに…勝手に決めてんの…」
人の気も知らないで適当な事を…。
捨て猫拾った責任感ぐらいの気持ちで『一生』なんて言葉を簡単に口にしないで欲しい。




