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夜の街角仕様

窓の外が明るくなり始めた頃になってようやく私は、自分が寝泊まりしている部屋がいつもの下町の宿じゃない事に気が付いた。


「――――ここ…どこ…?」


キョロキョロとこうべめぐらす私を見てグリフォンが呆れたような声で「《暁の女神》一座の宿だ」と教えてくれる。

昨夜そのままここに泊まり込む事になった経緯(私が果実酒一杯で酔い潰れてグリフォンに部屋に担ぎ込まれた)を知らされ、ヤッチマッタナーと頭を抱えたけど後の祭り。不可抗力だし!


その後朝食の時間をしらせに人が呼びに来て階下に降りたら、何だかやたらと視線が集まってる気がして妙に落ち着かない気分になった。


「あっらぁ~、オハヨーお二人さん!クフフフ、朝方すんごい叫び声が聴こえたわよぅ~」


「…うっ!」


ベロニカさんがニヤニヤしながらこっちにウィンクを投げて寄越した。

割れ顎が今日もめっちゃオトコらしいよ。てか、朝から化粧も女装もバッチリなんだけど!

いつ『素』の状態に戻るんだろ。


「昨夜はよく眠れたかしら~?」


「………お陰さまで朝までグッスリでした」


「まぁ、そぉなの~!?」


「私お酒に弱いみたいで…、飲むといつもすぐ眠っちゃって後の事とかよく覚えてないんですけど、何か失礼な事しませんでしたか…?」


「アナタ気持ち良く歌ってただけよ。途中でひっくり返っちゃったもんだから驚いたけど、グリフォンがさっさと担ぎ上げて退場したから、アナタが気にするような事はなぁんにも無かったのよぅ…………まぁ、珍しいモノ見させて貰ったけどね」


うん?最後の言葉だけ小さくてよく聞き取れなかった。

グリフォンがちょっとだけムッとした表情をしたけど、これは標準装備の範囲内だ。


「アナタ達いっそのこと今回の興行が終わるまでここで寝泊まりしたら良いじゃない。どのみち助っ人として何日かは協力して貰わなきゃいけないんだし。昨夜皆で話し合っての提案だから誰にも異論は無いわよ~」


どうする?と目で窺えば、グリフォンは渋々ながら頷いた。

その方が合理的なのは確かだ。


「……分かった。そうさせて貰えればこちらとしても手間が省けて助かる」


「じゃ、決まりね!」


こうしてトントン拍子に話は進み、私とグリフォンはしばらくの間《暁の女神》一座の住みに居候しながら助っ人を務める事になった。







「ハイ、そこっ!ステップが揃ってないわよ!――――あと、ヴィオールの出だしの音が弱過ぎ!」


明日が本番と言うだけあって、全員参加の通し稽古の最中にもベロニカさんの容赦の無い指摘がビシバシ飛ぶ。


広場に設えられた舞台ステージは背景と天井の部分を布で覆っただけの簡易テントのような造りで、芝居小屋と言うかほぼ露天のままの状態だ。

観客おきゃくさんはもちろん全員立ち見、木戸銭だって人によりまちまちで私からすると随分アバウトな感じがするけど、旅芸人の興行は大体みんなこんな風らしい。

常設の建物ホールを使うとなると出費が半端じゃなくて、余程の後援者でも付かない限り難しいんだって。


「ハイ、次っ!マチルダがソロで持たせてる間に各自素早く衣装替え―――、ここでモタついてたら舞台の流れが止まるのよ!」


………見た目はあれだけど『出来る人』なのは確かだ、ベロニカさん。

多少というかかなり強引ではあるけど、そこはかとなく気配りの出来るタイプでもあるみたい。

団員がベロニカさんの一声でよくまとまってる。

“愉快な仲間達”もけして只の道化役者じゃなくて、新宿二丁目の夜の蝶にも引けを取らない仕事振りを披露。

観客の目に自分達がどんな風に映るのか熟知した上で、あえて更に“そう見える”ように振る舞う。


「おー…流石に玄人プロ。カッコイイー」


その独り言はいつの間にかごく自然に口からポロッと転がり落ちてた。

隣でグリフォンが目を丸くして驚いてたけど、コレは率直な感想。

宝塚風味の綺麗なお姉さま方も格好良いけど、たとえ見た目が愉快でも『お仕事』に徹する人の姿は称賛に価すると思うんだよね。


「―――じゃ、次『ロメオとジュリアナ』行くわよ!」


合図があってグリフォンはギタールを手に舞台の袖に控える。

他の奏者は更に後ろ。私もその中に混じる。

バイオリンに似たヴィオールと手風琴アコーディオンが一名ずつに笛が二名。

舞台の上ではそれぞれの役に扮した女優達が歌いながら踊り始めた。


場面に合わせて次々変わる曲調。

私は曲は弾けてもどのタイミングでどの曲を用いるのかまではイマイチ把握しきれてないから、周りの奏者が出すサインを見逃さないようにしなきゃならない。


そしてどうにか遅れを取らないように演奏をこなし、お芝居の終盤の見せ所が来ると―――今度はグリフォンの独壇場だ。


様々な障害を乗り越えた主人公が夜の窓辺で恋人に想いの丈を告げ、かたきの元からヒロインをかっ拐う場面シーンは、白いお髭のお爺さんのお供の人が印籠を持ち出すのと同じくらい“お約束”な展開だけど、観客おきゃくさんはそこが良いらしい。

物語ストーリーはベッタベタでも役者の魅力と演出次第で、毎回かなりの高評を得ている演目なんだとか。

もちろん劇中で歌われる曲そのものの出来が秀逸であるのも人気の大きな理由。


特にクライマックス部分で主人公が歌う曲は“男役”の女優にはいささかキツめの低音から本物の“男”が出すには厳しい高音までの幅広い音域を用いた難曲になっていて、誰でも歌いこなせるという訳じゃない。


――――に、してもさぁ…。


甘いんだよ!とにかく甘いんだよ、歌詞の内容が!

大真面目に、徹頭徹尾、激甘!!

最初っから最後まで『好き好き好き好き、愛してるぅ~~~!』みたいな!!


ロメオよ、お前はいったいどこのサヨちゃんだ。

坊さん相手に好き好き好き好き…、じゃなかったジュリアナ以外の聴衆も軒並み狙い撃ち。恐ろしい子っ…。


――――そしてグリフォン。


周囲の女性ほぼ全員腰砕けにしてどうすんのよ。



































































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