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夜鳴鶯(ナハチガル)

視点の切り替わりがあります。

久し振りに食べた温かい食事は涙が出るくらい美味しかった。

薄切りにした黒パンと野菜スープ、それにチーズが一切れのシンプルメニュー。

それでも旅の間には望めない贅沢で、今更ながら自分がとてもお腹を空かせていたことに気が付いた


『ご馳走さまでした』


パチンと手を合わせる仕草にグリフォンが不思議そうな顔をする。

日本人独特の習慣だものね。


グリフォンに食事を運ばせちゃったんだから片付けくらいしなくちゃと思って立ち上がったら、足の裏の肉刺マメを思いっきり圧迫して悶絶。

またしても他人グリフォンに足の裏の治療を施された。


「――――――」


その後どこか呆れ顔のグリフォンに竪琴ライアーを手渡されて、いつものように音合わせを開始。

狭い部屋の中でだから音は控えめ。

もともと竪琴ライアーの音はそんなに大きくないけど、ギタールは弾き方次第でかなりの強弱がつけられるから、グリフォンも加減をしているみたい。

他の宿泊客おきゃくさんの迷惑になるといけないもんね。



グリフォンの指から次々生まれる音を一度耳で拾い上げて、それから再生する。

もともと耳コピは得意だから大抵の曲は一度聴けば覚えられる。

揃って音楽関係の職業をしていた両親の影響で、小さい頃から絶対音感が鍛えられてる事の恩恵かも。

ギタールと竪琴ライアーじゃ音域が違いすぎるから完全再生は無理だけど、そこはアレンジでカバーするしかない。


―――要するに適当テキトーなんだけど。





昼間はそんな風にして楽器を弄ったり、手持ちの筆記用具でノートに日記をつけたりして宿の部屋で過ごし、夕方になると何処かに出掛けて行くグリフォンを見送る日が何日か続いた。


因みにグリフォンの行き先は、聴き覚えのあるギタールの音色がすぐ隣の建物から聴こえて来ることであっさり判明。

毎晩お酒や白粉おしろいの匂いをさせて戻って来るけど、しっかりと小金を稼いで来てるから、それが“仕事”なんだと理解出来た。


“吟遊詩人”とかっていうのかな?

そりゃあ納得の天職だよね。あの声だし。


私は足が痛くて上手く歩けないし、言葉が不自由だから仕方無く部屋にこもってるけど、二日目で飽きた。

おまけにグリフォンが出掛けて一人になると心細くて竪琴ライアーが手離せず、ついつい手慰みに歌謡曲メドレーを繰り出したりして。

グリフォンには遠く及ばないけど、自分もそれなりに歌は唄える。


でも調子に乗って開催していたその“お一人様コンサート”が、他人の耳に届いているとは、これっぽちも思って無かった…。





* * *





男が酒場で“営業”を始めて数日がたったある晩。

歌の合間に店の客達と他愛もない世間話をしていた時の事だ。

男のすぐ横のテーブル席に座っていた客がふと思い出したように会話に加わって来た。


「あんた、隣の宿に泊まってるんだってなぁ。じゃあこのところ毎晩宿の二階から聴こえて来る歌は誰が唄ってるのか知らないか?」


「―――歌?」


「あぁ。この酒場に来る途中によく聴こえるんだよ。異国の歌なんだだろうが随分風変わりな曲でな、可愛い娘っ子の声なのさぁ」


「おお、俺も聴いた!初めて聴く歌だったもんでよ、つい聞き耳立てちまったぜ」


「………」


―――当然心当たりはある。というか、一人しか思い当たらない。


……だが、歌?


男は少女と何度も音合わせをしたが、少女ネイロが歌を口ずさんでいるいるのを一度も聴いた事が無い。

竪琴奏者としての腕前は中々のものだし、もう少し意思の疎通が出来るようになれば仕事に同行させても問題無いとさえ思っていたが。

“歌”に関しては未確認だったのだ。


男はその晩仕事を早めに切り上げて宿に戻ったが、少女はぐっすりと寝入っていて例の歌声を確かめる事は出来ずに終わった。





『お早う、グリフォン』


少女と同じ部屋で寝起きしていて何度か聞いた言葉だ。多分朝の挨拶なのだろう。


「『おはよう』ネイロ」


何とはなしに真似て繰り返したら、少女は目を丸く見開いた後、ほんの一瞬花がほころぶような笑顔を見せた。

少女ネイロが男と同行するようになって初めて見せた表情だ。


旅の間中少女は始終緊張してどこか張り詰めた空気をまとっていたし、言葉が通じないせいかいつも不安そうにこちらの顔色を窺って身構えているような雰囲気があった。

大声で泣き喚く事をしない代わりに、声を立てて笑う事もしない少女。


出逢ってまだ間もない者同士、まだお互い打ち解けたとは言い難い間柄だ。


「お前の唄う歌を聴いてみたいものだが…。さてどうしたものかな…?」


……きゅるるる。


『あうっ…』


「ぷっ…、腹の虫だけは世界共通言語を話すものだな」


『うぅう~…恥っず…』


くつくつと笑いだした男に少女は顔を赤くして唇を尖らすと、恨めしそうに上目遣いで睨み返してくる。


「なんだ…、分かりやすいじゃないか。いつもそうしてればいいんだ。言葉なんてそのうち嫌でも覚える」


男はほんの少し目元をゆるめて茶色い仔兎の頭をグリグリと混ぜ返した。


『うわぁん、せっかくブラシでキレイにしたのに~。んもー!乙女の身嗜みだしなみが台無しだよ』


「ハハハ」


外見相応にプリプリと頬をふくらませて怒る仔兎の様子に、男は珍しく声を上げて笑った。

随分と久し振りの事だった。










































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