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狙うもの狙われるもの

その夜グリフォンとネイロの二人は《暁の女神》一座の夕食に招かれた。


一座の拠点は広場から幾分離れた下町のオンボロ一軒家で、長いこと空き家になっていた物件を家主から格安で借り受けたものだという。

草ぼうぼうのだだっ広い庭に荷馬車用の馬が放され、それぞれ好き勝手にのんびりと草を食んでいる様子はとても街中とは思えない光景だ。


「さぁさぁ、中へどうぞお二人さん。ちょっとばかし古いけど広さは余裕があるのよ~」


ベロニカに手招きされながら家の中に足を踏み入れると、食堂には既に食事の用意が整えられ、一番奥の上座の席に置物のような小柄な老女が鎮座している。


「おやまぁ、珍しい顔がいるね!」


「……お久し振りです、チルチェット」


「―――だれ?」


「そちらの娘は初めて見る顔だね。あんたの娘かい?」


「…弟子です。ネイロ、この人は《暁の女神》一座の創設者で初代座長のチルチェット」


「今はただの隠居だよ。経営と裏方担当さね」


「はじめまして。グリフォンの弟子のネイロです」


「はいよ、はじめまして。ベロニカが無理を言って引きずり込んだんだって?申し訳無いがこっちとしてはありがたいよ。歌い手の代わりがいなくてホトホト困り果てていたからねぇ…。大したもてなしは出来ないが今晩はゆっくりしてっておくれね」


老女は遠方から訪ねてきた孫でも労うような穏やかな笑顔をネイロに向けた。


「じゃあついでだから今、昼間出来なかった団員達の紹介をしちゃおうかしら~」







「手前右端から、アマンダ、デロリス、ビビアン、ロザリー、メリッサ、バニー、コルビア…………………………モルガーナ、スオミ、シグリッド、ヨハンナ……………」


食堂にずらりと並んだ『女性』達の名前をベロニカが順に挙げる。病欠している二名を加え総勢二十四名。


――――結論から言うと、ネイロもグリフォンも全員の名前は覚えきれなかった。


「ささ、食事にしましょ!今夜は再会祝いに呑むわよォ~」


「いやァだぁ~~、ベロニカはいつでも呑んでるじゃな~い」


「おーほほほほっ!飲酒上等!お酒は正義!」


野太く濃ゆい声での会話が合図となって、宴のような晩餐は開始された。


テーブルの上にはスープの鍋や料理を盛った大皿がそのままドンと置かれ各自がそれぞれ好きに取り分ける方式になっており、献立も質素ながら量はたっぷりと用意されているため一人や二人頭数が増えたところでどうという事も無いらしい。


「美味しい…!」


料理を口に運んで思わず声を上げたネイロに、近くにいた団員オカマが表情をゆるめて笑う。


「でしょォ?チル婆ぁの料理は天下一品なのよー!」


何故か二人の周囲は“ベロニカと愉快な仲間たち”でガッチリ固められていて、どっちを向いても割れ顎・脛毛・厚化粧のオンパレード。

耐性の無い人間であればかなりの攻め苦であろうが、全く気にすることなく寛いでいるネイロをオカマ達は面白そうな目で眺めた。


「この『マッシュポテト』、ジャガイモとサツマイモを足して二で割った感じだ…うまー…」


「こっちの煮込みもオススメなのよぅ~。移動中は料理に手間をかけられないから、拠点を構えた時限定お楽しみなの。下手なお店で食べるよりずっと美味しいんだから~!」


「…絶品!」


モグモグと忙しく口許を動かすネイロの隣では、やや憮然とした面持ちの保護者グリフォンがベロニカを相手に酒杯を傾けつつお互いの近況を語り合う。

それなりに付き合いが深い…かどうかは別にしても、旅に暮らす者同士の情報交換は貴重なもの。

―――状況次第では今後の舵取りに関わる重要ポイントにもなる。


主にどこそこの藩国では治安が良くないだとか通行税がバカ高いだとか、これこれこういう場所でこういう時季に稼げそうな祭事イベントがあるとか。


「…そうか、やはり中央は避けた方が賢明か」


「そぉよォ~、あそこの藩主達は仲が悪いので有名だけど最近特にピリピリしてて、入国審査なんかも厳しいのよ。公式に発行された身分証明が無いとかなり苦労するの」


「流民にそれを求められてもな…」


そうこうするうちに小難しい顔をしながら会話に集中する男を置き去りに、酒の入った周囲の空気はすっかり砕けきり、珍しい『男』の客に対する視線が徐々に遠慮の無いものに変わり始めていた。


男の容姿は黙って立って(座って)いれば充分観賞に耐えうるだけに、若い娘を中心にソワソワと落ち着きが無くなり、あちこちのグループで話し掛ける切っ掛けを掴もうとギラギラ神経を尖らせているのがまる分かりの状態だ。


ただどちらかと言えば近寄り難い雰囲気の相手グリフォンに誰もが二の足を踏んで、声を掛けるタイミングが掴めないでいる。


(…貴女が先に声を掛なさいよ)


(えっ、あたしィ?)


(じゃあじゃあ、何人かで誘って一緒に呑みましょうよー)


(…そうねっ、よーし!)


等々。


「あ、あのっ…」


「――――ちょっと、グリフォン!」


そして十代後半から二十歳前後の若い娘達のグループの一人が意を決して声を上げたその時、テーブルの反対側からも同じタイミングで被さるように言葉を発した団員がいた。


「そんな隅っこの席でベロニカ達とばっかり話してないで、あたしと呑みましょうよ」


「マチルダ!」


「ズルいわ、後から―――」


口を尖らす若手を相手にもせず、女は余裕の態度でするりと男に近付くと、しなを作って満面の笑みを浮かべて見せた。

《暁の女神》一座の花形職でもある舞姫の一人であるマチルダは、二十二・三と若く見えて既に古参の団員でグリフォンとも面識がある。

金髪碧眼の人目を引く華やかな容姿に勝ち気な性格が加わった、いわゆる肉食系女子。


かつてお互い後腐れの無い遊び相手として接し、男が一座を去る時にアッサリと縁は切れてはいたが、以前より数段男振りを上げて現れた元『情夫』にマチルダが目の色を変えるのはある意味当然の流れとも言える。


自らの容色に絶対の自信を持つ女が、一度目を付けた男が他の女に横から掻っ拐われるのを黙って見過ごす筈もない。


「ちょっとォ~マチルダ。少しは遠慮しなさいよ~」


「あら!それはベロニカの方でしょ。さっきから彼を独り占めしてるじゃない」


「んまぁ―――!!図々しいコねっ!」


「………はぁ。喧しい…」


ウンザリと溜め息を落としながら頭痛を堪えるように眉間を押さえる男の仕草が、無駄に色気を帯びて見えるのは気のせいばかりでは無いだろう。

弟子の目から見ても近頃どうかしてるんじゃないかと思うぐらい、男の色気駄々漏れの瞬間が増えている。


凶悪な迄に鋭い目付きと鉄面皮が阻害しているものの顔の造作自体は申し分ない上に、弟子スタイリストに身形を好きに弄らせるようになってからは格段に見た目の好感度が跳ね上がり、要らぬ視線まで集める始末。


師匠の色気に耐性があるネイロはともかく、免疫を持たない《暁の女神》一座の娘達は、グリフォンの極悪低音エロボイスに一斉に頬を赤らめた。














































































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