あの時キ~ミは~若かった~♪
歌舞音曲が売り物の《暁の女神》一座が全員『女性』だけで構成されている、というのは世間でもわりと知られた話だ。
同じ一座の中での男女トラブルに辟易した初代の座長がヤケクソで男子禁制にしたところ、ならばと女装で一座に居座り続けた強者が意外にも客に大受け。
それ以来《暁の女神》一座は女性と女装男子のみが所属する“際モノ歌劇団”として名を馳せるようになった。
「ただでさえウチは団員の入れ替わりが激しくて役者を育てるのが難しいのに、今回看板女優とその代役の娘が揃って風邪で喉を痛めてねぇ…。お芝居はともかく歌は他の娘じゃどうにもならないのよ。難しい曲だから……。春節に向けてメインの演目はずっとこれ一本で練習してきたから今更変更もきかないし、どうしようかと本気で焦ってたのよォ~」
話が本題に移るとベロニカは至極真面目な表情でグリフォンと向かい合った。
座長代理の肩書きはそれなりに重いようだ。
「でも、ここでグリフォンに会えたのは正に天の配剤としか言い様がないわ!―――演目は『ロメオとジュリアナ』よ。覚えてるでしょ~?」
どこかで聞いたようなタイトルだと首を傾げるネイロの隣ではグリフォンが奇妙な間を置いて固まり、直後にゲッソリとした表情も露に天を仰いだ。
「―――グリフ?どうかしたの?」
「………………」
「ウフフ。思い出すわぁ~、アナタがロメオでアタシがジュリアナ!」
「………聞くのも怖い気がするけど…どんな内容のお芝居なの?」
「ラブロマンスよ!ラブロマンス!対立し合う二つの家の後継ぎ同士が恋仲になって、手に手を取り合い逃避行するの~、劇的でしょォ~?」
劇的というよりは最早様式美ではなかろうか。
どこの世界でも似たような発想というか、お約束的な展開が好まれるものらしい。
それはさておき。
『ロメオとジュリアナ』という題からして“ロメオ”はおそらく男性の主人公だろう。
そしてラブロマンスと言うからには相手役は必然的に女性………。
「……喜劇なの?」
「感動のラブロマンスよ!!」
暴露された黒歴史にガックリと肩を落とすグリフォンとは相対的に、フフンとそっくり返るようにして胸を(胸板を)張って見せるオカマ。
(哀れ……、グリフ……)
――――全米が泣いた。
「…歌はともかくグリフに演技なんて出来たの?」
暗黒というかドドメ色の過去をほじくり返され、弟子に懐疑的な目を向けられた楽士は、嫌々ながらのムスリとした仏頂面を隠そうともせずにその口を開いた。
「あれは…、カーテンコールに答えての余興というか…、配役を入れ換えての寸劇だったんだ」
―――納得。よくあるパロディ的なアレか、と府に落ちる弟子が約一名。
「あらあら、もうバラしちゃうのォ~?実はそーなのよ。だってねぇ、この人演技はからっきしなんだもの」
「…デスヨネー」
「でもォ、拍手喝采で大好評だったのよー?」
筋肉ゴリマッチョが扮するヒロインと台詞棒読みの強面主人公。
妄想するだけでも抱腹絶倒。会場はさぞかし笑いの渦に包まれた事だろう……。
「だーかーらぁ、この際お芝居は代役の更に代役を立てる事にして、グリフォンには舞台の袖で主役の代わりに歌を唄って欲しいのよ~。そんでもってアナタには演奏の手助けをお願いしたいの。練習する時間も足りなくてホンットーに申し訳ないんだけど…」
普通に考えて少女は男のオマケの立場。
ベロニカもかつての“仲間”を口説くついでに、見た目の良い少女を邪魔にならなければそれで良い、くらいの考えで引っ張って来たに過ぎない。
―――欲しかったのは男の歌とギタールだ。
「…口で説明されるより通し稽古を見せて貰った方が早い。流れは一度で覚える」
「そうね、とりあえず舞台の体裁は整ったからそろそろ始めましょうか。―――その前に、団員全員にアナタ達をキチンと紹介しなきゃいけないわよねぇ~」
「全員集合~~~~~!!」
鶴の一声ならぬオカマの一声で舞台の準備に忙しく立ち働いていた団員が全員一ヵ所に集められた。
二十数名いる団員のうち女装男子が五、六名で、いずれも厚化粧とケバい衣装のせいで年齢不詳。
それ以外は十代から三、四十代までと幅広い年齢の女性達が揃っている。
「皆っさぁ~ん、さっきもチラッと紹介したけどこの二人は~今回ノエマとルーニーが抜けた穴を埋める為にアタシが招いた強力な助っ人よォ~!」
招いたというか捕獲されたような気がしないでもないが、そもそも初めからこちらの意向は訊かれてもいない。
完全に押し流されている。
「いいの?」と弟子に視線だけで問われた男は、器用にもこれまた視線のみで「諦めろ」と応えた。
「楽士のグリフォンとそのお弟子さんのネイロ。グリフォンの方は古参の団員なら顔馴染みよねぇ~。彼の実力は折り紙付きだし細かい事はさておいて、時間が惜しいからすぐに通し稽古に入りましょ!自己紹介とかは後回しよ」
「「「はいっ!」」」
「《暁の女神》一座へようこそ皆様―――」
ベロニカの改まった口上を皮切りに、舞台が幕を開ける。
初めが舞踏。男女のペアに扮した十人程の娘達が音楽に合わせてくるくると回りながら踊る。
軽妙なステップが小気味良い華やかな踊りだ。
二番目にソロの剣舞。じっくりと魅せて観客の意識を舞台に近付けたところで―――いよいよ次がメインの演目となる。
物語が元々シリアスな純愛ものである事から、主役の『ロメオ』はオカマではなくいわゆる“男役”の女優が務める予定だったらしい。
幸い『ジュリアナ』役の女優は健在で、現在自慢の喉を舞台上で披露しているところだ。
そして肝心のクライマックスでのロメオの独唱が、このお芝居での最大の見せ場。
―――――なのだが。
如何せん歌の音域が広すぎて歌える役者がごく一部に限られるのが難点だった。
それでも『ロメオとジュリアナ』は《暁の女神》一座で一番人気の演目で客の入りに影響するため、わざわざ練習を重ねてきた以上は今更出し物から外す訳にもいかない。
現在舞台上で主役の代役を務めるのはすらりとした背の高い若い女優で、容姿にも演技力にも全く問題が無い。
ただ惜しむらくは歌唱力がいまひとつな点だ。
音痴では無いが一般人と大差無いという時点で物足りなさを感じてしまう。
舞台がそのまま大団円で終わりを告げると、終幕は団員全員による合唱。
場合によってはその後アンコールを受けたり観客サービスに精を出したりと、その場の雰囲気で多少流れに変化はあるものの、大体がこんな感じらしい。
「―――どーぉ?」
通し稽古の間一言も口を挟まず舞台を注視していた男に、ベロニカが探るような声で問い掛けた。
「……およその流れは掴めた。劇中で使用する曲が以前と殆んど変わりないのは助かる。―――が、慣らしは必用か…。ネイロ、音合わせを」
「ん」
一切の無駄口をたたかない阿吽の呼吸で、二人は自らの楽器を構えた。
通し稽古を終えたばかりの団員達はそれぞれが舞台の上で弾む息を整えつつ汗を拭きながら、その様子を興味深そうに眺めにまわった。
―――たった一度見聞きしただけで、どれ程の真似事が出来るというのか。
侮りと期待の入り交じった多くの視線がヒョイと現れた新参者に無遠慮に集中する中、ギタールの金属的で澄んだ音色が辺りに流れ、すぐその後を追うようにして柔らかな竪琴の調べが絡み始めた。
「これで初めて……?ウソでしょー…ありえないわよォ…」
ベロニカの呆然とした呟きは、実に見物人一同の内心を表したものでもあった。
かつて舞台を踏んだ事のある楽士が曲を弾けるのはまだしも。
―――元々その経験をあてにして仲間に引きずり込んだのだから当然とも言えるが。
弟子に関してはまるきり予想外というか、さほど気にも留めていなかったのだ。
それが―――見た目はふわんとしていかにも大人しそうな娘に、鬼才と称するに相応しい男に引けを取らないだけの技量を見せ付けられ、面白半分で見ていた団員達はぐうの音も出ないほどの衝撃を受ける事になった。
「やっだァ~信じらんない。たった一度でここまで再現出来るなんて……、どーゆう耳してるのよこの娘!」
その後、一座の団員に混じっての調整が何度か繰り返され、明日の総仕上げに向けて日暮れと共に稽古は切り上げられた。




