人はそれを密林の王者と呼ぶ
百年ちょっと前までひとつの大きな国だったっていう、現在は十六に別れた藩国を総称して《中央大地》と呼ぶらしい。
それ以外は『異国』で言葉も文化もかなり違うっぽい。
こちらの暦は季節の節目の“春分秋分夏至冬至”が軸になってて、そこを基準にそれぞれ三つの『節』に分けられてる。
春の第一節、第ニ節、第三節という具合に、通常四季を冠するのが習わしみたい。
“向こう”でなら『月』と表現するところなんだけど、驚くなかれこちらの空には『月』が無い。
というか、あるにはあるんだけど物凄く小さくて、天の川みたいなものの中に紛れてて目立たない。
その代わり星明かりが半端無くて、最初の頃は本当にビックリした。
―――あんな星空見たこと無かった。
まるで夜空に銀色の砂を撒いたみたいに、光の帯が空の端から端までずうっと伸びて。
…そう言えば旅回りをしてた時グリフォンは“それ”を見ながら方角を確かめてた。
昔の船乗りが『北極星』を道標にしてたのと同じなのかも。
そしてその季節の節目には必ずと言って良いほど各地の神殿で祭事が行われる。
――――要するに『お祭り』だ。
もちろん芸人にとって稼ぎ時なのは言うまでも無い。
そもそも私とグリフォンが冬が明けて尚首都に居座り続けてたのは、春節にガムランの大神殿主催で行われるお祭りをお目当てにしてたから。
盛況さでは一地方の田舎のお祭りとは比べ物にならないという話だし、ここで稼がねばいつ稼ぐ。
*
「――――スッゴい人混み。お祭りってまだ明後日だよね?」
いつもの昼営業のために街の中央広場にグリフォンと連れ立ってやって来た私は、あまりの人出の多さに驚いた。
石畳の広場には通常の物売りの屋台や出店以外にも、天幕を張ったり小屋を建てたりする人達が忙しく動き回り、金槌を振るうトントンという音や資材を運び込む男達の掛け声が辺りに響いてとても賑やかだ。
広場全体の空気が浮き足立ってる感じ。
「場所取りは早い者勝ちだからな。―――袖の下次第とも言うが」
「神殿にお布施でもすればいいの?」
「…おそらく商業組合に届け出を出す際に幾らか色を付けるのだろう」
「ふーん…」
場所代みたいなものか。
私達みたいに身体ひとつでどこでも仕事が出来るならともかく、大きな小屋を掛ける人達は前もって準備とかも必要だし色々と大変だよね。
ぐるりと広場を見渡せば、演劇や曲芸を売り物にすると思われる団体さんや沢山の生き物を引き連れた見せ物小屋とおぼしき一団が、さも忙しそうに立ち働いている。
『…何だか不思議』
まるで良く出来たファンタジー映画のセットの中に紛れ込んだみたい。
――――でもこれが今の私の現実だ。
この一年で違和感はだいぶ薄れてきだけど、まだ時々自分は夢でも見てるのかって思う瞬間がある。
自分がいまどこに立っているのか解らなくなって、波打ち際を歩いた時みたいに足下の地面が砂になってサラサラと崩れてゆくような心地とでもいうか……。
そういう時はいつも隣を見上げる。
見上げた先にいるのは『儚げな美貌の王子様』とかじゃ無くて、無駄に鋭い目付きをした人相の悪い吟遊詩人―――うんうん、今日も安定の存在感にほっとする。
思わず擦り寄ってグリグリしたくなるけど、我慢我慢。
………ちっちゃい子供じゃないんだから。
「……ネイロ?具合でも悪くなったか…?」
私がよほどおかしな表情でもしてたのか、グリフォンの大きな掌が頬に添えられた。
筋ばった長い指が顎にかかり上を向かされる。
「顔色は…そう悪くないが…」
心配そうに顔を覗き込まれて、悪いなぁとか思いつつも気分はほっこり。
気遣われていると分かるから、自然と口許には笑みが浮かぶ。
「ちょっとボンヤリしてただけ…」
大きな掌に頬を押し当てるようにして笑って見せると、深緑の目許が僅かに細められた。
長い指が頬をするりと撫でて、今度は頭の上に掌がぽんと置かれる。
ちっちゃい子供扱いされてるみたいでなんだけど、こうされると素直に甘えてみてもいいかなって気分になる。
「あのねグリフ―――」
ちょっとだけ我が儘を言ってみようかなって思いついて口を開きかけたその時、私の言葉は妙に野太い嬌声でブチッと遮られた。
「イヤアアアァ――――ッ!!天の助けぇえぇ――――!!大地母神のお導きよグリフォ―――ン!!」
え、ナニ?と思う暇も無くソレは『ずどどどど』という地響きをたてて広場の片隅から猛然と至近距離に迫り、おもむろにグリフォンの肩をガシッとわしづかんだ。
「つぅ~かま~えたぁ~、ウフッ」
…………ウフッ…、これ…なんだろ。
視界の暴力としか言い様の無いものが目に飛び込んできたよ。
ヒラヒラフリルのショッキングピンクのドレスに身を包んだ筋肉隆々のゴリマッチョ。
舞台用メイクをバッチリ施してカツラは盛り放題(でも胸毛と脛毛がモロ見え)、トドメの割れ顎に無精髭が強烈な未確認生命体。
『…………オカマ…?』
「ここで会ったが百年目!…じゃなくて、オネガイ助けてぇえぇえ~~~!!今困ってんのよぉ~~~!」
巨漢のオカマにガクガクと揺さぶられてグリフォンは無表情に困惑中。
……名前呼ばれてるし、知り合いだよね…?
「……少しは落ち着け。ブルース」
ぜぇはぁと鼻息も荒いオカマの顔面を片手でググッと押し戻しながら、グリフォンがゲンナリと呟いた。
「アラやだ、その名前は呼ばないでよ~。今はベロニカよ、ベ・ロ・ニ・カ」
キャッと羞じらう声も野太いゴリッゴリのオカマだ。
グリフォンに意外なオトモダチが……。
「ブルー…ベロニカ、俺の弟子が面食らっている。自己紹介くらいしたらどうだ」
「え!弟子っ?!」
ソッコーでくわっと振り向かれた。コワイ。
「グリフォンが弟子を……」
話を振られてしまった以上、こっちも黙っている訳にはいかない。
「は…ハジメマシテ…」
「んまぁ――見た目は合格ねっ。アナタ何が出来るのかしら?」
「えと…?竪琴と歌を少々…」
「うおっしゃあ!貰ったあああっ!!」
拳を天に突き上げて雄叫びを上げるピンクのゴリラ。
訳が分からず相方の方を振り向けば、グリフォンは額に手を当てて頭痛を堪えるような表情で溜め息を落として「逃げ切れんだろうな…」とボソリと漏らした後、「お前にはそう悪い話じゃない」とだけ付け加えた。




