楽士のお仕事
人の集まる場所には様々な娯楽が集まる。
ことに大きな都市の周辺には比較的裕福な住民が多いため、観劇や賭博などが庶民の間でもごく普通に好まれており、春先ともなればあちこちの広場で辻芸人の姿を見掛ける事が出来る。
高額な木戸銭を必要とする劇場や有名処の芝居小屋と比べ、大道芸の類いは子供の小遣い程度の中銅貨数枚から楽しめる事から、辻芸人は手軽な娯楽として世間で広く親しまれている。
そして夜ともなれば昼間の“全年齢対象”の健全な雰囲気の興業とはまた異なった、“大人向け”の楽しみ方も用意されていたりするものだ。
―――第十六藩国の首都〈ガムラン〉
主に上層階級の人間が利用する格式の高い一流処の店舗ばかりが建ち並ぶ目抜き通り――――から、何本か路地を隔てた繁華街。
通称〈酔いどれ小路〉の一画にある『酒神の角笛』という酒場が、今夜の二人の仕事場だった。
冬の間何度となく営業に訪れた店だけに店主や常連客とは既に顔馴染みの状態で、凸凹の二人連れが入り口に姿を現した途端あちこちの席から気安い声が掛けられた。
「よぉ、ご無沙汰じゃねーか旦那ぁ。一曲頼むぜ」
「―――おお…、チビッ子が妙に大人っぽくなりやがったぞ!?なんだ、どうした」
「うおー、こりゃたまげた!」
「………………!」
二人はその日の気分で河岸を変えているため、久し振りに営業で訪れる店の場合、ネイロの娘姿を初めて目にする常連客達が目を剥いて顎を落っことすのが、ここしばらくのお約束だ。
「―――まずは腹ごしらえだろ?注文は何にする」
酒樽のような体型の店主に愛想の良い顔で声を掛けられ、二人はとりあえず適当に空いた席に着く。
「おじさん今日のお勧め料理って何?」
「豆と臓物の煮込み、それからヤクーの炙り肉」
「じゃあ、それ両方!」
「旦那はいつもの酒かい?」
「ああ」
「―――嬢ちゃんは果実水、っと」
勝手知ったるやり取りに何人かの常連客が周りでプッと吹き出す。
「オイオイ、大人になったのは見た目だけか~」
「うははは!ガキんちょめ!」
「むぅ~、言ったなぁ~」
ぷりぷりと頬を膨らませて怒りを表現して見せる少女。
常連客との気安い台詞の応酬はいつもの事。
『仕事』をやり易くする為の下準備のようなものだ。
――――とは言え、今までのような子供の格好ならいざ知らず、身体の線を強調する女物の装いで身綺麗に姿形を整えた年頃の娘、それもとびきりの美人(の卵)に上目遣いで睨まれた男達は、思わずといった感じで目許を赤らめた。
「「「…………!」」」
「んも~!お酒が呑めたら大人とかって、いったい誰が決めたの。納得いかなーい!!」
「……そうやって唇を尖らせて拗ねているうちはまだ子供だ」
「グリフ~~~」
見た目だけなら文句の付けようもないが、とは男は言わなかった。
男の弟子―――というか既に相方の域に達しているその少女は中々の洒落者で、女物の衣服を身に付けるようになってからは器用な手先を利用して毎日綺麗に髪を結い、自ら自作した小物で等で身を飾るなどして、外見の演出に抜かりが無い。
『見た目も商品のうち』という少女のブレない主義主張は無論“保護者兼相方”の男にも適用され、その手腕は毎朝遺憾無く発揮され続けている訳だが。
何も言わないでいるとトンでもなく独創的な髪型に仕立てあげられるため、この時ばかりは無口な男も少女に注文を付けるようにしている。
ちなみに今日の男は頭頂部とサイドに細かな編み込みを施され、後ろで上半分を括ってそのまま背中に流すというもので、仕上げた本人曰く「会心の作」だそうだ。
「―――そう言えば、ここんとこ街で面白いもんが流行ってんだが。あんたらコレ知ってるかい?」
運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら二人が周囲の会話にそれとなく耳を傾けていると、隣のテーブルに座っていた常連客の一人がある物を懐から取り出して、ジャラリと目の前に広げて見せた。
それは紐で綴じられたバンダナサイズの厚手の布地で、開くと中から円く磨かれた小ぶりな半貴石がザラリと溢れ出て卓上に散らばった。
淡い色彩の半貴石の裏表にはそれぞれ異なる模様が刻まれており、それを包んでいた布地の方にも随所に凝った刺繍が施されていて、一見してとても高価な品に見える。
「“オセロ”っていうんだが、こいつがわりと楽しめるんだぜ。ルールを教えてやるからやってみねえか?」
「へ…へぇー…」
少女にしてみれば『知っている』どころの話ではないが、そこは気持ち良く喋りだした客の機嫌に障らぬように、感心した風を装いつつ適当な相槌を返すに留めておく事にした。
「で、どうだ?やってみねえか」
「うーん…」
酒場でのこのての遊びには大概“賭け”が付いて回る。
グラス一杯の酒のオゴリからはたまたその晩の飲み代全額負担までと、賭ける物は様々だ。
「でも私、自分の手持ちが無いし。―――グリフがやる?」
「…いや。俺はいい」
「まあまあ、まずは試しに一回!嬢ちゃんが勝ったら今日の飯代は俺が払うぜ?俺の勝ちなら…、そうだなぁ接吻一つでどうだい?」
その言葉を聴いた瞬間少女の目がキラリと光ったのを見た相方は、思わず眉間を押さえて溜め息を堪えた。
「えぇ~、どうしよっかなぁ…。ちょっと恥ずかしい気もするしー…」
(…嘘を吐くな、嘘を!)
モジモジと頬を赤らめる小芝居をしながら、少女が既にヤる気満々なのが手に取るように解る。
あれはジリジリと鼠に飛び掛かるタイミングを計ってほくそ笑む、猫の表情だ。
「…じゃあ、一回だけね?」
結果は相方の予想通りに終わり、少女は相手の出方を見つつまぐれを装って僅差に持ち込み、わずかな差で勝ちをもぎ取った。
「うおっ、嬢ちゃんにしてやられるとは…!ええい、男に二言はねえ!ここは俺のオゴリだ!」
「わぁい!やったあ~。素敵おじさま太っ腹!」
「ちくしょー…」
「ふっふっふー。気前の良いおじさまには歌のサービスです。リクエストは三曲まで受け付けま~す!」
「お?おお、そうか!よしそれじゃあな…」
タダ飯を確保した後にきっちりフォローも忘れないあたりは見上げた商売根性。
相手に気分良く奢らせる腕前は大したものだと言わざるを得ない。
(…俺には逆立ちしても無理な芸当だ)
そしてこの晩を境に少女は何故だか酒場で度々オセロ勝負を挑まれるようになった。




