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事件

昨日から相部屋同士になった例の男は、午後になってずっと広間に居座り続けている。

特に誰かと親しく会話をするという風でもなく、他人の会話に耳を傾けて時折口を挟むといった具合に。


一方のグリフォンも珍しく会話が弾んでるみたいで、知り合いになったお客さん達と熱心に話し込み中だ。

――――つまり、今部屋には誰もいない。


色々あってちょっと一人になりたい気分でもあるし、何よりずっと大人数に囲まれてるのは結構しんどい。

だけど盛り上がってる会話に棹をさすのも憚られて、私はグリフにも声を掛けずに部屋に戻った。



『ふー…』


………なんだか疲れた。

これが物語なら主人公補正で言葉がペラペラだったり、神様カミサマからチート貰えたてたりとかするんだろなぁ…。

どこまでも現実ってやつか…。


今の私は生活力皆無のただの小娘でしかなくて、読み書きはおろか日常会話にも不自由する有り様。

他のどんな職にだって就けやしないだろう。

天国こっちに来てから小さな子供が普通に働いてるのを見て驚いたけど、ここではどうやらそれが普通みたい。


私がグリフォンに拾われたのはとんでもない幸運だったんだ…。

たまたま私の特技がグリフォンの仕事のアシストをするのに向いてたから、今でも面倒をみて貰えてるだけで。

あのまま誰にも見向きもされず野垂れ死にしてた可能性だってあった。


仮に別の人に拾われたとしてそれが善人いいひとだったとは限らないし、場合によってはもっと過酷な状況に陥ってたかもしれない。


―――まだ平気。まだ頑張れる。


『う~~~、やめやめ!気分を切り替えなきゃだよ。なんか楽しいこと考えよ!』


寝台の上にゴロリと横になってから、はっと気付いた。


『せっかく髪を洗ったんだから手入れをしなきゃ』


リュックの中身をガサゴソ漁ってお泊まりセットが入ったポーチを取り出す。

携帯用歯ブラシやミラーに爪切りといった小物類が詰め込まれた中から、お気に入りの小瓶をチョイス。

髪を伸ばし始めてからずっと愛用し続けてる、あんずの香りの髪油ヘアオイル

痛みがちな毛先にちょこっとだけ馴染ませる。


『う~、あと半分しか残って無い…。大事に使おっと』


こっちでの暮らしで何が辛いって、お風呂に入れないのが一番辛い。

毎日歩き通しなのも、粗食なのも、あれやこれや不便なのももう慣れたけど、これだけは無理無理。

汗臭い自分の身体にウンザリして、川を見るたび何度そこに飛び込みたいと思った事か!


『―――うそっ!!枝毛がこんなに!?』


そんなこんなで久々の髪の手入れに熱中してた私は、後ろの扉がそっと開けられた事に気付きもしなかった。









カタリとかんぬきを落とす音が聴こえ、後ろを振り返ろうとしたらいきなりゴツゴツした手が伸びてきて口許を塞がれた。


『…………っ、、、』


力任せにドサリと寝台に押さえ付けられ、喉元に剣の鞘を突き付けられて、声をあげる暇もなく身体の自由を奪われる。


(―――やだっ…!!)


「おっと、暴れない方がいいぜ?余計痛い思いをするからなァ」


クク、とその男に耳元で嫌な笑い声を立てられ、私は思わず冷水を浴びせられたような気分になった。


(…い…つの間に…!足音なんて聴こえなかったっ…)


怪我で片足を引きずるようにして歩く姿を目にしていたせいで、近付けば足音で気付くとたかをくくっていた。

絶対に二人きりになりたくなかった相手だった。


「ガキの癖に随分イイ声してるじゃねえか、オイ。ひょっとして見た目より年が上か?思ったより身体の方も育ってやがる―――」


獣めいたギラつく目で意味不明な言語ことばまくし立てる男――――言葉なんかわからなくたって、この状況で自分が何をされそうになってるのかなんて嫌でも判る。


(―――触んないでよ!…気持ち悪いっ…!!)


全身の血液が逆流しそうな嫌悪感で頭は沸騰寸前なのに、氷を押し当てたみたいにどんどん冷たくなっていく手足がどこか他人のものみたいだ。


(恐い…恐いよ――――誰か、だれか、ダレカ――――!!)


私が力一杯抵抗したところで、上に覆い被さった大きな身体は小揺るぎもしないばかりか、男は愉快そうにその表情を益々獣じみた獰猛なものに変えた。


「どうせ初めてじゃねえんだろうが。こっちは親切で持ち良くしてやろうって言ってんだ、てめえは精々おとなしくしてりゃあいいんだ」


―――――ケダモノだ。


はなから言葉なんて通じるはずも無い。

獲物を目の前にして相手を貪り喰らう事しか頭に無い生き物。


嫌だ 嫌だ 嫌だ。


脅しのつもりなのか、男は首筋に当てた剣の鞘を僅かにずらして刃先をちらつかせる。

―――“死にたくなかったら黙れ”と。


一瞬息を詰めて脅えた私の反応を見て、それを『抵抗を諦めた』と捉えたのか、男は酷薄な笑みを浮かべたまま余裕の表情で口許から手を離した。


「勿体振らしやがってあの男…。お陰で余計な手間をかけさせられたぜ」



自分の意志に反してカタカタと震える身体。

ちょっとでも身動きしたら剥き出しの刀身に喉を切り裂かれそうな恐怖を堪えて、私は息を大きく吸い込んだ。




* * *




同性に敬遠されがちなグリフォンにしては珍しくも客との会話が弾み、気付けばかなりの時間が経っていた。


男はふと弟子の様子が気になって周りの席を見渡すが、広間のどこにもあの茶色い頭が見当たらない。

大方疲れて部屋に戻ったのだろうと浮かせた腰を元通り椅子に沈めかけ、不意にその動きを止める。


―――――“あの男”もいない。


つい先程まで隅のテーブル席で煙草を吹かしながら、何をするでもなく時間を潰している様子であった、あの男。

昨夜の会話を思い出すにつれザワザワと嫌な予感が沸き上がり、男は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「おい旦那、どうしたんだ―――」


つい今の今まで和やかに談笑していた相手が、いきなり血相を変えてその場から立ち去ったため、話し相手をしていた客達は訳が分からずいぶかしげに首を捻った。


「…さて、何かあったのか?」


「鬼の形相ですっ飛んで行ったな」



自分達が寝泊まりしている部屋の前まで最速で駆け付けた男は、一旦気持ちを落ち着けるべく呼吸を整えた。

――――ただの思い過ごしの可能性もある。

実際扉一枚隔てた向こう側は静かなもので、物音ひとつ聴こえてこない。

それでも少女の無事を確認しないうちはどうにも気持ちが落ち着かず、男が扉を叩くために拳を振り上げた瞬間。






『いやあああぁ―――――!!!!誰か助けてっ…、グリフ!グリフ――――!!』





正に絶叫だった。


「――――ネイロ!!」


男は振り上げた拳を扉に叩き付けた。

だが内側から閂が落とされた扉は軋むばかりでびくともしない。


「…………!!…………!!」


ネイロの叫び声の後に中に居る男が何事かを口走っていたが、扉越しで聞き取る事が出来なかった。


「貴様っ…、何をしてる!――――ここを開けろ!!」


ダンダンと力任せに扉を殴り続け大声で叫んでいるうちに、騒ぎを聞き付けた宿の人間が青い顔で駆け寄って来ていた。


「どうしたんすか、お客さん!」


「―――あの男…っ!!」


「――――まさかっ…、ネイロちゃん…」


鬼気迫る表情でギリリと唇を噛み締めた男の様子から事情を悟った長女メイベルは、真っ青になって震える手で顔を覆った。


「――あぁ…こんな事になるなんて…」


「リンカ、親父を呼んで来い!」


「わ…わかったっ…!」


脱兎の勢いでリンカが階下に姿を消した直後、入れ替わるようにして駆け付けた亭主の手に握られていたものは、日常薪割りに使う物とは比べ物にならないほど巨大な“戦斧オノ

だった。









































































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