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言葉はなくとも

『ご馳走さまでした』


空になったプディングの器を前に、お作法通りパチンと両手を合わせてご挨拶。

こっちの人は皆不思議そうな顔をするけど、でもこれ習慣だから。


『―――お礼に何か弾くよ?お兄さん何がいい?』


分かりやすく竪琴ライアーを膝に取り上げて掻き鳴らす仕草をして見せる。

すぐ傍でグリフが何か言いたそうにもごもご口を動かしてるけど、ガン無視で。


「ん?弾いてくれるのか。じゃああれがいいな『~♪~』てやつ」


お兄さんは聴き覚えのあるメロディを口ずさんだ。

グリフの持ち歌で何度も合奏してる曲だから、演奏自体は問題なし。

………歌は…、いっちょ奥の手で。


『じゃ、いくよ~』




* * *




少女の指先が澄んだ音色を紡ぎ始める。


だがいつもであればそこに加わるはずの男の艶のある歌声は今は聴こえない。

その曲は歌があってこその楽曲であるだけに、聴き手達は少々物足りない感じが否めないでいた。


――――するとそこへ、不意に少女の声が。


 《 Ah ――― ♪ 》


「―――へぇ…」


「…こいつは、なるほど。こーいうのも『有り』か」


それは歌詞の無い歌。


まだまだ言葉が不自由な少女が苦肉の策として取った手法が、一曲まるごとスキャット。

全編通してスキャットで歌うという発想自体がこちらには無かったため、誰もが目から鱗の表情で少女の歌にじっくり聴き入る体勢になった。

―――当の楽士本人さえも。




幼げな少女の姿からは想像も出来ないほど、しっとりとした柔らかな歌声にグリフォンは目を見張った。

普段ネイロが唄う時の声とは幾分、いやかなり違っている。

先日《金の麦穂亭》の姉妹に唄った時もそうだったが、意図して歌い分けているのだとしたら大したものだと言わざるを得ない。


そして後半のサビのフレーズの高音を悠々と歌い上げた少女は、最後の一音と共にふっと息を吐きだしてペコリと礼の形を取った。



「面白い唄い方だなぁ。俺こういうの初めて聴いたけど、なかなか良かったぜ」


「ほんとね!綺麗な声で驚いたわ」


「ネイロ、芸達者~」


三兄妹さんきょうだいから代わる代わる掛けられる声に、少女は幾分落ち着きを取り戻した様子で笑みを返している。

こうも純粋な称賛の眼差しを向けられて、いつまでも仏頂面などしていられるものではない。


言葉に頼らずとも雑じり気の無い感情というものは比較的伝わり易いもの。

好意にしろ、………悪意にしろ。



その様子を見ていたグリフォンは再び少女の傍に近付くと、今度はその大きな身体を縮めてしゃがみ込むような格好になり、少女の琥珀の目にしっかりと視線を合わせてから言葉を紡ぎ出した。


「…悪かった」


男の言葉と行動の意味が理解出来たのか、少女はふと真顔に戻ってその顔をじいっと眺めた。


常日頃から作り笑いや愛想笑いの類いを一切しない男の表情には、一欠片の笑みも浮かんではいない。

取り敢えず笑顔を浮かべて相手の機嫌を取るなどという器用な真似は、この男には逆立ちしたところで不可能なわざらしい。


それでもしばらく行動を共にしてきた少女には、何となく伝わるものがあったようだ。


『…もー…、しょうがないなぁ』


眉尻を下げて諦めたように呟く。


『大の男をひざまずかせて喜ぶ趣味なんて無いんだけど……。もしかしてグリフ、そういう嗜好のある人?でも私ノーマルだから他をあたってね?嫁入り前の小娘にはハードル高過ぎだよ。普通の恋愛が出来なくなりそうでヤダ』


一息にまくし立てた少女に何故か憐れむような視線を向けられて男は首を傾げた。


「何を言われてるのか分からんが、機嫌は治まったのか…?」


思わずといった風に伸ばされた手が、茶色い頭に届く寸前でプイと避けられて宙に浮く。


「……まだなんだな」


本人に全くその気は無かったが、男が物憂げに落とした溜め息にはここが酒場であったなら娼妓おんなが目の色を変えて群がりそうな色気が含まれていたため、それをうっかり目にした姉妹と女将が揃って頬を紅く染める一幕が。


「顔の良い男ってのは厄介だねぇ…。年甲斐も無くときめいちまったよ!アハハハ」


「…勘弁してくれよお袋。今頃親父が包丁握り締めて奥で泣いてるぜ…」




「なんじゃい、楽士殿は結局大して嬢ちゃんの機嫌が取れてはおらんでないか」


「餌付けが効いただけじゃな」


隠居二人の指摘は実に尤もであったが、少なくとも興奮した猫に引っ掻かれる危険だけは無くなったと思われる。


ただし男と少女の間に野良猫を相手にするような距離感が生まれてしまったのは如何ともし難かった。


以前からベッタリと甘えるような性格の少女では無かったものの、それなりに信頼関係が築けていた相手に露骨に避けられるのは、自業自得とはいえわりとこたえるものだ。


男はずっと独りでやってきて、これからもずっと独りのつもりでいた。

気紛れに子供ネイロを拾った時も、弟子として使い物にならなければそれまで―――くらいの考えでしかなかった。


それが気が付けばいつの間にかスルリと懐に入り込まれ、あれやこれやと世話を世話を焼かされて。

―――それを大して不快にも思わぬ自分が居て。


(まあ…退屈だけはしなくなった)


さてこれからどうしたものか、と無表情のまま思案にくれる男。




そして、何故かその日の昼食で出されたスープはかなり塩辛かった。





































































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