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仔兎の乙女心

宵も深まり、食堂で食事を終えた宿泊客達が一人また一人とそれぞれの部屋へと戻り始めた。


グリフォンも何となく気が進まないながら、この場で夜明かしをする訳にもゆかないため、少女を伴って食堂を後にした。


二人が一旦自分達の部屋の扉の前で立ち止まってからノックをして中に入ると、問題の男は既に片側の寝台を我が物顔で占領して寝転がっており、軽く首をもたげて視線だけをこちらに投げて寄越す。


それを見た少女は自分達の部屋にいきなり大きな顔をして居座っている相手に驚きを隠せず、思わず連れの顔を見上げて眉を困惑の形に歪めると、隠れるようにその背中にすいと身を寄せた。


「…そこのチビ、初対面の相手に随分なご挨拶だなァ」


男が面白くも無さそうな声でジロリとこちらをねめつける。


「これはすまない…。連れは言葉が不自由なもので人見知りをしたらしい」


「あァ?―――さっき唄ってただろうが」


「この子は異国人で、色々と覚束おぼつかないところが多い」


「…………ほー、そうきたか。ナルホドねぇ…」


男はまるで値踏みするような目付きで二人を上から下まで眺め回しておいてから、そうしてあまりたちの良くない笑いを浮かべた。


「悪ィが片側の寝台借りるぜ?そこらじゅう打撲だらけで身体がガタガタなんでな」


「―――構わない。自分は床に寝るのは慣れている」


「なァ、ところでものは相談なんだが…」


「怪我をしているなら歩くのも辛いだろう。ネイロ、これを階下したまで運んで来てくれ」


『なあに?手伝い?…このトレイ運べば良いのね』


悪いと口にはしながらも本心ではこれっぽっちも悪いとは思っていなさそうな声音で、男が猫なで声を発するのを聞いたグリフォンは、咄嗟にネイロに空になった食器を乗せた盆を押し付けて部屋の外に出した。




「あのチビはどうせ何を聞いたって分かっちゃいないんだろう?」


「……………」


「―――それで一晩幾らなんだよ?あんたら『そういう』商売なんだろ。正直乳臭いガキは好みじゃねえがこの際選り好みはしねえぜ?」


「……っ」


「勿体振んなよ、おい―――」


男はのっそりと上半身を起こし、向かい側から身を乗り出した。


第一印象からしてあまり関わり合いになりたくないタイプだったが、やはりこの手合いの男だったかとグリフォンは強い嫌悪を覚えずにはいられなかった。

ネイロを連れ歩くようになってから、このての男に絡まれる機会が無かっただけ今まで幸運だったのだ。

恐らくこの調子で宿のメイベルにも、ろくでもないちょっかいを掛けたに違いない。


「そちらは何か勘違いをしているようだが…、自分達は芸以外のものを売るつもりは無い。“それ”が必要なら泊まる宿を間違えている」


「…っ、なんだと…、、、」


気色ばんだ男が語気も荒く立ち上がる素振りを見せて―――直後に不意に口ごもった。

傭兵稼業を転々とし荒事に慣れきっている筈の男が何故か、たかが楽士の視線に気圧されたためだ。


その生業なりわいにそぐわぬ鋭利な双眸が、更に鋭さを増して眼前の男にヒタリと照準を定める。


「…チッ!」


数瞬の睨み合いの後、吐き捨てるように舌打ちを鳴らして視線を逸らせたのは、新参の傭兵崩れの男の方だった。


「…お分かり頂けたようで何より」





* * *





部屋に戻ったら知らない男の人がいた。

夕方チラッと顔を見た相手ではあるけど、あんまり良い印象は持てなかった。


外は相変わらず物凄い雨で、その人以外にも満室だった宿に新しいお客さんが増えているから、部屋をぎゅうぎゅう詰めにしてなんとか泊まれる人を受け入れたんだって事は分かる。

もしかして結構な非常事態なのかな?

この宿から大通りの様子は分からないけど、昼間窓の外を覗いたら下町方面から大勢の人が高台に向かって歩いてるのが見えた。


私自身は元の世界でも避難勧告を受けるような大きな災害は経験した事は無かったけど、毎年台風の季節に大きな被害が発生する度、テレビのニュースで取り上げられるのをどこか他人事みたいに見てた。

安全な家の中で、大事に守られながら。




お盆の上の食器をカチャカチャ鳴らして階段を降りて行ったら、食堂の後片付けをしていたお兄さんが気が付いてニコニコ笑いながらそれを受け取ってくれた。

ここの宿の人達は皆良い人ばかりだ。


……宿屋のご主人はなんか影が薄いけど、私達が演奏を始めるとコッソリ聴きに来てくれてるみたい。

厨房の奥の方でゴソゴソ動くおっきな人影を何度も見掛けたから。


「お嬢がわざわざ運んできてくれたのか、ありがとさん」


『お兄さん、遅くまでお仕事ごくろーさまです!』


会話が成立してるかどうかは謎だけど、誰にでもとにかく沢山話し掛けてみる事にしてる。

無口なグリフに付き合ってたらいつまでたっても言葉が覚えられそうにないし。

相手の表情とかで伝わるニュアンスもあるしね。


「……あんた達には悪い事したな。あんな厄介そうな新入りを押し付ける格好になっちまってさ…。つっても、通じねえか…」


笑顔だったお兄さんが急に顔を曇らせる。

…どうしたのかな。


「お嬢、連れの旦那からなるべく離れるなよ。子供とはいえはお前さんは器量良しだから色々と危なそうだよな…」


『???』


何か心配事でもあるみたいに眉をハの字に寄せて、ふう、と溜め息をつかれた。

ごめんなさい。何を言おうとしてるのかサッパリわかりません。

ちょっと困ってオロオロしかけたら、気にしなくていいよって感じのジェスチャーが返ってきた。



お盆を片付けて部屋に戻ると例の男の人は寝台で壁側を向いて横になってて、もう話し掛けてくる気配は無かった。

グリフが私に向かって空いてる寝台を指差してるのはそこに寝ろって事だと思うんだけど…。


『グリフはどこで寝るの?』


まさかの床?身体が痛くなっちゃうよ!

またしてもオロオロしかけたらグリフォンは平気そうな顔で私に肩を竦めて見せた後、手早く毛布にくるまりゴロリと床に横になった。

寝台と寝台の間の隙間は大人一人が横になるのがやっとのスペースで、寝返りを打つのも難しそう。

それだったら身体が小さな私が床に寝る方が良いよね?


そう思って一生懸命身振り手振りでそう伝えたんだけど、グリフォンは頑として頷かなかった。


すぐ隣に眠ってる人がいるから大きな声で話す訳にいかなくてほとほと困り果ててたら、何を思ったのかグリフォンが寝台に私を押し付けてその隣にドサリと横になった。


『ぅえ…っ?』


この状況はっ……、まさかの添い寝!?

い――や――あああぁ!!


『ゆ…、床で、寝る、から私―――!』


モゴモゴと潜めた声で抵抗してみたけど、グリフは私に有無を言わさず毛布を被せ、耳許で小さく“静かにしろ”って合図を出した。

シーって!耳許で!!……めちゃくちゃくすぐったかった。

くっ…!添い寝が必要な幼児コドモだと思われてるって事か、私ぃいぃ!!


乙女の恥じらいとか自尊心プライドがガリガリ削られてくよ!

これでも十五の乙女だし!!


もう、なんか頭が煮えて絶対眠れない!と思ったのに。

久し振りに感じる人の体温はとても心地が良くて、あっという間に睡魔が襲ってくる。


おまけに慣れた手付きで背中をやわやわと撫でられたら、もう降参するしかない。

抵抗する気力も根こそぎ奪われて、トロリとした気分に満たされ瞼が重くなる。

あー、良い気持ち。


それにしてもグリフォン、デリカシー無さすぎでしょ。

女の扱い慣れてる癖に。





爆 発 し ろ。













































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