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雨の日の過ごし方

翌日からは更なる豪雨となった。


《雨季》にしても珍しい程の勢いで降り続く雨のお陰で、カレニアに滞在する全ての旅行者達が宿での足止めを余儀なくされ全体に沈滞ムードが漂い始めている中、表通りから少し外れた場所にある《金の麦穂亭》では実にのんびりとした時間が流れていた。



「嬢ちゃん、一緒に茶を飲まんか~。爺が飴ちゃんやろう」


「年寄りの相手なんぞせんで良いからお兄さん達と達とカードで遊ぼうや、お嬢ちゃん」


「ふぉっ!オニイサンが聞いて呆れるわい。どいつもこいつも揃って四十近い中年の癖にのぅ~」


「ぐぉ…、楽隠居の爺ぃは一人で茶でも啜ってろ!」


『……?……』



現在《金の麦穂亭》に宿泊している客のうち、半数以上が顔馴染みの商人同士だということで、何となくお互い気安い空気が生まれている。

それでなくても外出もままならぬ状態で宿に籠りきりとくれば、小さな宿では知らぬ顔など無くなるというもの。


“新入り”二人は昨夜のお披露目の成果もあって、すんなりとその空気の中に受け入れられたようだった。



「ネイロ、今時間が空いてるから一緒に遊ぼう~」


「こら、リンカ!客室の清掃は終わったの?」


「ちゃんとやったもん!」


「どうだかねぇ…」


腰に手を当てて溜め息を落とす姉をよそ目に、その妹は少女の腕を取って自分の部屋まで颯爽とエスコートを始めた。


『え?何?どこいくの?』



食堂ダイニング兼談話室の広間から姿を消した少女二人を見送って、当の宿屋の跡取り息子はカウンター越しに男に声を掛けた。


「旦那のお弟子さん、お客さんにもうちの妹にもモテモテっすね…。あ、いや、スンマセン!店の人間がお客さんを振り回して…。妹には後でよく言い聞かせておきますんで」


「いや…、構わない」


華やかな観光地ならともかく、こういった普通の宿場町では旅行者といえば大人の男が殆どで、それも大体が仕事か冠婚葬祭等の重要な用件があっての旅だ。

弟子ネイロが珍しがられるのも分かる。





「うおぅ、リンカに嬢ちゃん連れて行かれてしまったの~。わし、嬢ちゃんの竪琴が聴きたかったんじゃが」


「ハハ、あの年頃の娘なら爺さんの相手をするより自分と同い年くらいの友達の方が良かろうよ」


「違いねえ」


余程親しい間柄であるのか数人の商人とおぼしき面々が、別々の丸テーブルのあちらとこちらに座りながら賑やかに談笑している。


片やカード片手にくわえ煙草の働き盛りの若手(?)三人と、片や高級茶葉と茶菓子で寛ぐ悠々自適の御隠居二人組。


「楽士の兄さんはこれからどちらへ向かわれるのかのぅ」


老爺のひとりが茶を啜りながら男に話し掛けてきた。


「…しばらくは弟子の仕込みに専念するつもりで、長期滞在の可能な街を探そうと思っているが」


「ほぅほぅ、じゃが中央潘国は避けたがよけろう。あそこは今上が揉めておるでな。出入りの審査が厳しいぞ」


「なるほど…、有用な情報は有り難い。感謝する」


国中を渡り歩く商人ならではのいち早い確かな情報は、時として千金にも値する。男は素直に頭を下げた。


「しっかし堅ぇ喋り方をするなあ、兄ちゃん。もっとこう砕けた感じにゃならんのかい」


「あんた軍人上がりか何か?」


「――――…いや。ただの性分だ」


「ハハ、そりゃあ損な性分だ。客商売なんざ愛想笑いひとつで成果が変わるもんだぜ」


全くだ、と男は声に出さずにひとりごちた。



その場の面子でしばらくの間世間話に興じ、そろそろ話題も尽きかけて皆が腰を上げようとする雰囲気になった、その時。

一階の奥の部屋からパタパタという軽い足音がして、少々興奮気味のリンカがまたしてもネイロの手を引いて姿を現した。


「おっじぃちゃーん!オジサン達も見て見て~!ネイロに面白い遊びを教えてもらっちゃったぁ!」


「リンカよ…、お兄さんと呼んでくれ…」


「ホラ!これこれ~」


自称(?)若手の訴えを空気の如く受け流した看板娘は、その手に握っていたものをテーブルの上にパラリと広げた。


「布切れ……と色石?“おはじき”遊びか?」


「ふっふーん。ち~が~い~ま~す~」


よく見るとスカーフ大の布切れには糸で縦横六十四のマス目が縫いとりされていて、リンカはまずその中央に四個の石を並べて見せた。


「石の裏表に違う模様の印が付けてあるでしょ?これをこうして、順番に打ち合うの―――それでぇ」


「ふぉ。なるほど!同じ模様同士で挟んだ石は裏返して自分の手駒になるということか。面白い!」


「縦横…斜めもか。うん?四隅は動かせないルールなんだな?」


「全部石を打ち終わって模様が多い方が勝ちなの~」


「「「おお!なるほど!」」」


何故か自分がエッヘンと胸を張るリンカ。


「嬢ちゃん凄いの~。こりゃなんという遊びかの?」


良い年をした大の大人が夢中になって遊ぶ様を、少し離れた位置から眺めていたネイロだったが、昨夜沢山の飴玉をくれた老爺がしきりとそれを指差したため、

それの『名前』を尋ねられているのだと気が付いた。


『それね“オセロ”っていうんだよ“オ、セ、ロ”本当は裏表で色が違うんだけど、作るの面倒だから二種類の模様に分けてみたの』


「“おせろ”とな?」


「面白い、面白いぞ!きちんとした商品にすれば絶対売れる!」


「持ち運びも簡単だし、改良次第で値段の幅も広げられそうだ」


「よし、決めた!うちで商品化するぜ!」


「なぁにぉう~!!」


「それをいうなら、うちだって!」


たまたま居合わせた面子に新たな商人魂が芽生えた瞬間だった。


「どうでも良いけど、オジサン達ネイロにちゃんと断ってからにしてよね~」


発案者はネイロなんだから!という看板娘の台詞に、商人あきんど五人は一斉にネイロを振り返った。




『…………はい?』































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