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その鬼は手を洗う

作者: 青錆

 巨大な鬼であった。

 鬼と比べると水たまりのように見えてしまう瀬戸内海で、ざばぁざばぁと手を洗っていた。


「こ、これはCGではありませんっ!」


 テレビの中ではリポーターが悲痛な声を出している。

 同じ光景がどの局でも流されていることから考えて恐らくは大掛かりなドッキリなどでは無く、本当なのだろう。

 しかし液晶を通して伝わる情報はあまりにも現実感が乏しかった。なにせ歩くだけで地震を起こす大鬼である。高層ビルどころの高さではない。足元の土の盛り上がりは元からある歴とした山なのか、鬼の足が生み出した土のでっぱりなのかすら分からない。


 あそこまで大きいと物理的に何か問題が出てくるのではないのか?たしか科学的に考えると、あそこまで図体がデカくて重くなると二足歩行できなくなるとかだったか。しかし事実天を衝く程の背丈を持ち二本足で立つ大鬼は実在する。そもそも科学という枠組みであのような妖怪の類を測ることが間違っているのかもしれない。


「一体なんなのかしらねぇ、ここまで来ないといいんだけど」


 隣で夕飯の席に着く妻は呑気なものである。

 かといって自分もそこまで恐怖を感じているわけではなく、食卓のコロッケをつつきながら関西圏に移って行った知人は居ただろうか、といったような文字通り他人事な感想しか抱いていなかった。


 現地にいる人間は何を思っているのだろうか。テレビという枠の中に収まっている間はいいが直にあれを見てパニックにならない自信は無かった。

 股を大きく開いてドジョウ掬いでもするかのような姿勢で手を洗う鬼の姿は醜悪の一言に尽きた。身体中に付着している何か穢らわしい汚れはどこか粘着質な感触をイメージさせ、不健康なネズミ色の毛は節操無く身体全体に蔓延っている。


「へぇ、あれ手洗い鬼って言うの、なんだか恐い見た目なのに可愛らしい名前よね」



 テレビの中では何時の間にかなんらかの専門家らしき人物がスタジオで喋っていた。

 どうやらあの鬼は古い時代から名を変えつつ幾度も人の前に現れているようだ。フリップで示される名前の中のデイダラボッチというものにはアニメか何かで聞き覚えがある。

 何度もこんな世界へ出張とはご苦労様なことだ。

 いや、もしかしたら久しぶりの里帰りかもしれないな。



 まあなんにせよ今は手を洗う以外何もしていないようだ。

 このまま時間がたてば自ずとどこかに消えるかもしれないし、M78星雲から誰かが引き取りに来るかもしれない。政府も下手に刺激するのを嫌い、様子を見ている状態らしい。

 とにかく自分にはどうにもできない事柄だった。



 しかしながら何故あの鬼は手を洗っているのだろうか?



 テレビの映像が切り替わる。ネット上で配信されている現地住人からの至近距離映像だという。鬼が手を伸ばせば掴まれそうな距離だ。下から覗き込む視点は先程よりも鬼の顔をはっきりと捉えていた。ギョロリとした目は黄色く濁り、半開きの口から覗く不揃いの歯は薄汚れていて白い部分がなかった。



 ふと鬼の目がこちら(・・・)を見、そしてソレは私に近づいた。思わず仰け反る。撮影者が気を利かせてズームしたことは理解できている。しかし本能的な嫌悪感からか、背筋に悪寒が走った。





 ガラガラ、と扉の空く音。




「ただいまー」


 おっと中学野球部の息子が帰ってきたようだ。

 遅くまで練習してきた彼は今日もお腹を減らせて泥だらけだ。


「おっ、コロッケみっけ!」




「こら!食べる前にちゃんと手を洗いなさい!」



 妻が言ったことはごく当たり前の事実であり、それはつまりそういうことであった。







 むんず、と手が『食べ物』を掴む。





他所で投稿した物の改稿版となります。

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