尋問
日が落ち始め辺りが暗くなり始めた頃、人気の少ない食堂でハンナは男二人の前に座っていた。
隣はもちろんユージーンがいる。ハンナの様子に彼なりに警戒心が芽生えたらしくあまり喋らない。
「こいつ、ここ五年ずっと自分の彼女探しててさ」
安っぽいワインを回しながらハンジが話し始めた。
目の前には沢山の料理が並んでいるのだが、ハンナは一切手をつけようとせず、奏はじっとハンナを見つめ、ユージーンは先ほどハンナからもらった果物を口にしていた。
「私には一切関係ないことだ」
「それが、姿だけなら君そっくりなんだ。俺だってそいつと生活していたからわかる」
「そう」
「ユージーンの親ってだれなんだ?」
ハンジが訊ねると、ユージーンが視線を移す。
「父親はいないとユージーンが言っていたが、母親は君かい?」
ハンナはしばらく宙を見て嗤った。
「さぁ? 誰でしょう。そんな事関係あるの?」
ハンナは出来るだけ自然にやさしくユージーンの背を撫でた。このことで彼を傷つけたくない。
「名前が、こいつの弟と同じ名前なんだ。ユウジン」
「ユウジン…」
ユージーンが口の中で小さく転がした。
ハンナが付けた名前、ユージーン。彼には教えている本当はユウジンという名前である事。この子はこの話のどのくらい分かっているのだろう。
「にてるね」
出来るだけあっさりと答えた。
つれないハンナに苦笑いでハンジは、奏を見た。
「お前は、どうして消えた?」
唐突に奏が訊ねる。
「ロゼッタ・ボーイは調べてみると素性がかなりあやふやで、出身地の戸籍でさえまともに残っていなかった。戦争の後の混乱に紛れて姿を消したよな?」
ハンナはただ目を瞑り聞き流す。
「俺の素性も十分怪しかったか?」
その言葉に同意ではなく目を開けて先を促した。
「あの戦争が終わる前に俺は上の指令で急に姿を消さざるえなかった。条約が決まればすぐに迎えに行くつもりだったんだ。だから、待つように伝えたよな?」
「奏、この人が本人かもわからないのに」
首を振って奏は続ける。
「本人だよ。首元にある戦闘の傷までそっくりさんじゃ困るだろ」
ハンジは奏からハンナに視線を移す。
「…マジか」
ユージーンが居心地の悪さに身じろぎする。それを見てハンナがユージーンを膝の上に乗せた。
「俺の本名から名乗ろうか? フィナン・奏・グレッシェンツこのアーサル王国、国王の三番目の皇子だ。戦争が終わったらお前に俺の妻になってもらうつもりだった。」
ハンナはユージーンの髪を梳きながら黙って聞いていた。
「男みたいだったロゼッタが…で、その子供が、奏の子供なら…ありえるか? でもこの子供の年齢からすると…」
ハンジはブツブツと何か呟いていた。
ハンナは目を閉じる。
「それで終わりか? 話が終わったんなら私は帰らせてもらう」
「終わってない。まだ答えを聞いていない」
奏が硬い口調で言う。
「私はどうしてかなど答えるつもりはない」
何か呟いていたハンジがハンナを見る。
「今、遠回しに認めたよな?」
ハンジが前のめりに訊ねる。
ハンナは一瞥しただけで何も言わない。
「やっとか、これでやっと旅が終わる。この五年間ずっとロゼッタを探して国中回った甲斐があったか」
意固地な主のわがままにつき合わされていたハンジがため息をつく。
「もちろんこいつと城まで一緒に行くよな?」
「そのつもりは無い。家に帰ってもいいか。ユージーンを寝かしつける時間だ」
うとうとし始めたユージーンを抱えてハンナは立ち上がる。
「ダメだ」
奏が制止するのを振りほどき店を出た。