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落とし物


 一時間程前。


 今日のご飯は自分の好きな物をハンナが作ってくれるというので、ユージーンはハンバーグをリクエストしていた。

 数日前に仕事が決まり今日初給料が入ったのだ。


 あまり怒られた事は無いがやっぱりニコニコしているハンナといるのはとても好きだった。家から出た当初はハンナと手を繋いでいたが、買い物中は邪魔になるので服の端を持ってはぐれないようにしていた。

 少し混雑した通りにある肉屋にハンナが足を止めた時だった。

 ぼんやり立っていると、少し汚れた旅装束の二人組みの男が背負っていたバッグをユージーンの頭にぶつけた。


「わ」

「あ、わりぃ。見えなくてな」


 男はユージーンの頭を撫でると立ち去っていった。


「もう」


 呟いて目線を落とすと足元に先ほどの男の財布らしき物が落ちている。


「おじちゃん!」


 ユージーンはハンナの服から手を離すと男のあとを追った。

 子供の足には男達の歩きは早くなかなか追いつけない。ユージーンから見えるのは男達のバックだけ。


 やっとの思いでユージーンが男の服を引けたのは通りを抜けてしばらく経ってからだった。


「おじちゃん待って」


 声をかけるとバッグの男が振り返る。


「二十二歳の俺におじちゃんだとぉ~…」


 その形相にユージーンは思わず服から手を引いた。


「奏、子供相手に止めろよ」

「ハンジ、でもよ!」


 もう一人の男が制止するように間に入る。


「おにいさんありがとう」


 ユージーンがお礼をいうと奏と言われた男はさらに身を乗り出す。


「ちょっと待て坊主! 俺のほうがこいつより年下だぞ!」

「奏、この純粋な子供が全て語ってるだろう」


 ハンジといわれた男が笑顔でメガネを直しつつユージーンに合わせてしゃがむ。


「で、迷子か?」


 首を横に振るとユージーンは手に持っていた物を差し出した。


「これは…奏」


 後ろでいじけて立っていた奏にハンジは声をかける。


「俺のじゃん! どこで拾った?」


 ユージーンに合わせて奏もしゃがむ。


「さっきぶつかった」

「ああ、奏がさっきぶつかったとき…どうした?」


 ユージーンの顔が強張ったのを見てハンジが訊ねる。


「となりの…」


 半ば泣きそうな声でユージーンは呟いた。

 奏が険しい顔でユージーンを凝視していたのだ。自分がとても悪いことをしたみたいで怖くなった。


「奏! 子供睨むな!」


 それを無視して奏がユージーンに掴みかかった。

 急な事にユージーンは悲鳴を上げた。

 ハンナに日ごろ言われていた事を思い出す。『決して知らない人に付いていってはいけません。怖い事になる』ハンナから離れた事を後悔する。


 泣き始めたユージーンにハンジが慌てて奏を引き剥がして押しやる。


「誘拐犯まがいの事するなよ!」


 しかし、奏は首を振る。


「坊主、お前の母親だれよ?」

「何言って…」

「こいつ似てんだよ、ロゼッタに!」


 ハンジが奏を突き飛ばした。


「いいかげんにしろよ。長旅でおかしくなったか」


 吹っ飛んだ奏に一瞥もくれずハンジはユージーンの頭を撫でる。


「名前は? 親の所まで連れて行ってやるよ」


 何が起こったかわからずに不安げにユージーンは目を擦る。


「ぼく、ユージーン」


 頷きつつもハンジも不思議な顔つきになる。


「ユージーン…」


 名前を反復するハンジにユージーンは頷く。


「…ユージーンの父親は?」

「いない」

「誰かはわかるか? 名前とか」


 ユージーンは素直に首を振る。


「そうか、じゃあさっき一緒にいたのは母さんか?」


 少し首を傾げてユージーンは言う。


「ハンナだよ」


 少し間をおいてハンジは頷く。


「奏、この子の親はハンナって人だぞ。全く、大体ロゼッタってお前の二つ下だろう? こんなに大きい子供がいるかよ」


 殴られたあと静かに立っていた奏は頷く。


「怖がらせてごめんな、ユージーン」


 奏は落ち着いた様子で人懐っこい笑みを向けた。


「…へいきだよ」


 ユージーンも混乱しつつ何とか答えた。


「さあその手の物返してやってくれ、ユージーン」

「うん」


 奏に渡しながらユージーンは呟く。


「そのなかは、なぁに?」


 拾った感じではお金というよりも硬い物が一つ入っているだけだったのだ。


「これか?」


 奏は手の中の袋を逆さにする。こぼれるようにして奏の掌に乗ったのは、少し平べったいユージーンの手の中に納まりそうな紋章の入った小さな塊だった。


「これ…」


 ユージーンは呟いたきり何も言わない。

 見たことがあった。ハンナの荷物の中に必ず大事そうに袋に入っていて、ユージーンが触ろうとすると怒られる。だから、こっそりと留守番の間に広げたことがある。それにそっくりだった。


「どうした? これはうちの家族のしるしなんだよ。とても大事な物だ。拾ってくれてありがとうな」

「しるし…かぞくいがいはもたない?」

「そうだ。家族以外の人は持ってないよ」


 奏が念押しのように言ってユージーンは頷いた。

 ハンナが持っていた物と似ているけど多分違う。じゃなかったらハンナとこの奏という人が家族になる。おかしい。


 真剣に紋章のプレートを眺めるユージーンにハンジが声をかける。


「ユージーン、ハンナさんが待ってるんじゃないか? 心配してるだろう」

「あ、そうだ! ぼくハンナのところ行かないと」


 ユージーンは辺りを見回す。


「ここ、どこかわからない」

「しょうがないさっきの通りまでもう一度出てみよう」


 ユージーンは両手にそれぞれ奏とハンジの手を握り歩き出す。

 


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