始まり
まだ薄暗い早朝、人気が無いがあと二時間もすればまっすぐ歩く事が不可能になるだろう商店街の中を歩く者がいた。背が低く二十歳にかかるかどうか曖昧な所の若者だ。
ハンナ・ハシュシュそれが彼女の名前だった。
甘い名前に甘い顔。蜂蜜色の髪を肩に付かない位に切り小作りな端整な顔には漆黒の宝石のような大きな瞳が並ぶ。普段なら皆そういうだろうが、今の彼女を見てはそういえないであろう。鋭く突き刺さる眼光で辺りを見回す姿は可憐どころか血なまぐさい雰囲気を纏っていた。
息が上がり時折悪態をつき後ろを見つつも最大限の速さで歩く。
きっと細い背に大事そうに背負っている物さえなければ走り出していただろう。
しかし、それを捨ててまで走り出さない理由は分かっている。
背負われていたものがふと、わずかに身じろぎをした。
「ユージーン? 起きたか」
少年のような口調で後ろに問いかけ歩いていた足を止めた。
「うん。ハンナ、おはよ」
背から滑り降りたまだ幼い子供は、ハンナと同じ蜂蜜色の髪を浮かせつつ辺りを見回した。
そしてハンナの手を握る。
「またどこかにいくの?」
4歳と幼くとも敏い子だった。目覚めた場所が昨日寝たベッドでなくとも動じない。
「ごめんな、今度は落ち着くつもりだったけど無理みたいでさ」
腰を屈めてハンナが目線を合わせるとユージーンはにっこり笑う。
「こわい人くるもんね、ハンナといられればどこでもいいよ」
首に抱きついたユージーンを抱きとめるとハンナは一瞬だけ気を緩めて優しい表情になる。
「さっ、ここから駅までダッシュだよ! 走れるか?」
にっこりウインクしたハンナにユージーンが目をキラキラさせる。
「うん! きしゃで行くんだね!」
スキップするように子供が駆け出した。
一人の人生が長くとも百年であることは知っている。
しかし、実際はそんなに長生きはいない。二十を越すか越さないかで終わる者もいる。どちらかといえばそちらの方が今の世の中多い。
自分も、多分あと五年ほど戦争が続いていれば彼らの仲間入りしていただろう。
今から5年前隣国のアーサル王国との二十年戦争がやっと和平条約にて終わった。小国の超大国相手の十年の間に男という国の力はほとんどいなくなり、幼い少年兵が駆り出された。その先頭に立ったのは戦争により親を亡くして軍に引き取られ教育を受けていた孤児だった。
諜報に長けた子供達を相手の軍に送り込み大量の情報を得ていたのだ。
ハンナはその中でも才能を買われ戦後も国に戻り長い間軍に従事していた。
しかし、そこから出ざるえなくなった。ハンナとしてはさっさと縁を切りたかったのでいい機会だと思った。
軍から脱走して約一年。
アーサル王国南方の町ジェイル。
「本当に? ありがとう!」
笑顔でオマケしてもらった果物を受け取る。
ハンナは軍を出るときに連れ出したユージーンと生活していた。
執拗な軍からの追跡に嫌気がさしたハンナは以前諜報部員として入っていたアーサル国に身を潜めていた。
「ユージーン、今日はデザートも…」
満面の笑みで振り返ったハンナは顔が硬直した。居る筈の子供の姿が消えていたのだ。
「え? さっきまで後ろいただろ、何でいないんだよ」
ユージーンはとても大人しいので一人歩きはしない。
そうなると、考えられるのは…
「誘拐!?」
慌ててバックに荷物を入れるとハンナは込み合った通りを駆け出した。
「ユージーン!!」
三つくらいに分けて更新予定です。
過去に書いたものですが、お読みいただけたら幸いです。
誤字脱字もご指摘ください。