第七章ー茉莉の過去、きよの闇
すごーく久々の更新です(笑)
DBMもキチンと書き始めます(笑)
本家には劣るだろうが、それでも広大な面積を持つ紅城家の分家、黒崎邸を臨みながらきよはバイクを一時停車する。後に乗っていた瑠衣に意見を仰ぐ。
「どうする」
「どうするって、随分丸投げな問いね」
ごもっとも。だが、きよは瑠衣のオーケーサインが出るまでは手を出さないと約束した手前だ。形だけでも、必要だろう。瑠衣には、そんなの守る気がないと看破されているのだが。
「とりあえず、敷地に侵入してみたら良いんじゃないかしら」
「とりあえず、ね」
バイクを近くに駐車すると、公務執行中と書かれた札を貼る。
「……何かしら、それ」
「公務執行中ステッカー」
無論、なんの効果もない。見た警察官が呆れるだけだが、これをつけておくと撤去されない事がある、というオカルトだ。
「こういう気配りは大事だぜ」
「公に出来ない仕事だけれどね」
「仕事内容なんてどうだって良いんだよ、国民の為に滅私奉公してんだから」
瑠衣の何か言いたげな視線をスルーして、黒崎邸に近寄っていく。
一見、ただの金持ちの家だ。だが、聞けば黒崎家は、幾つかある分家の中で、唯一聖十字軍の重役のポストにはついていないという。
そういった権力に対する羨望と嫉妬が、おかしな風に捻れて、昔の思想や、悪魔崇拝と合流したのかもしれない。そう思えば、一見被害者のようにも見えるが、
「俺はそういう奴等が大ッ嫌いだ」
食うために、犯罪に手を出すものがいる。だが、犯罪なんかに手を出す前に、食い扶持に困る前に、何をしていた?という話だ。
真面目に働いていたのだろうか。見合った生活をしていたのだろうか。
国の補償等をうまく使っていたのだろうか。
無論、それらをきっちりこなしていても罪を犯して良い理由には成りえない。
「被害者ぶりやがって」
特に、この黒崎邸なんてどうだ。金に困っているわけでも、明日食べるものがないわけでもない。ただの、妬みだろう。そういった、我が身の可愛さ、それに駆られた輩に巻き込まれた者達の叫び声を、奴らは聞いちゃいない。
きよはロザリオを手にする。そのロザリオは、数日前に割られたもの。それをロウ付けしただけだ。
俺の信念は、こんなもじゃ壊せない。
きよからの、あのいけすかない女への宣戦布告の証しだ。
「……神には祈ったか、瑠衣」
「とっくに」
「そうか」
きよはロザリオから手を離すと、黒崎邸の外周を回り始める。瑠衣は黙ってそれについていく。
「……下が、臭いな」
「下?」
ごんごん、ときよは地面を鞘で叩く。
「地上に、あまりにも人の気配がねぇ」
寝ていても、人がいるかどうかなんてわかる。きよの言葉を聞くと、瑠衣は少し考えて、
「建物を吹き飛ばしてみる?」
「……いや、関係ねぇ、ただの召使さんとかもいっから」
「冗談よ」
その大雑把な物言いにげんなりしているきよをおかしそうに笑うと、ドレスのすそが汚れないように屈む。地面に片手をかざす。
「地脈が妙な途切れ方をしているわね。無理矢理、地下室を作ったような」
「その妙な途切れ方のせいで、人が狂う事って」
「あるわ、本来あるべき負荷ではないもの」
「……」
きよはもう一度屋敷周辺をぐるぐると見回す。そこで一つ違和感を覚えた。
警備が、あまりにも薄い。侵入してくれと言わんばかりの警備だ。おそらく罠だろう、ときよはふむと、一度瑠衣の元に戻る。意見を求める事にした。
「罠だ。あまりにも警備が薄い。恐らく俺達が侵入してくる事を察知してるはずだ」
「……罠、なのかしら。いえ、罠かもしれないのだけれど、どうして私たちが来る事が解ったか、という疑問があるわ」
「あの式神と悪魔、あいつ等は俺の偵察に来たのかもしれない。それが妙なところでやられたもんで、勘付いたんじゃないか?」
「……そう、かしら」
突っ込もうと思うが、異論は?きよがいうと、ぎょっとする。
「罠だって解っているのに、考えなしに突っ込むというの?」
「ハッタリかもしれねぇ。俺らが来る事はわかったが罠を仕掛けるだけの時間がなかった、とかな。希望的観測だがな」
言いながらもきよは屋敷の塀を乗り越えて、瑠衣に手を差し伸べる。
「本当、きよくんって、つくづく正気じゃないわ」
「そりゃ、どーも」
鍵を扉の隙間から切り壊し、中に侵入する。そこで、瑠衣が眉をひそるが、何も言う事はなかった。きよも、特に突っ込みはしない。
きよは勝手知ったる顔で黒崎邸をズカズカと歩いて行く。たまに足を止めたりするが、その足が戸惑う事は滅多になかった。
「きよくん、こっちで合っているの?」
「合ってる。間違いない。この先は、臭い」
きよの悪魔察知の能力は聖十字軍一。皮肉なもので、『ソドム』に所属し、悪魔に馴れしたんでいたおかげで、きよは聖十字軍での活動をかなりスムーズに行う事が出来ている。恨んでいるのに、たまにどうしても思い出してしまう。所属していた頃の記憶を。人を、殺して回っていた頃の記憶を。
「けっ」
臭いのする部屋を開けると、本棚が立ちはだかっていた。
「本棚……。隠し扉ね」
瑠衣が魔術の痕跡を探そうとする。だが、きよにはそれを待っているのは、正直言って面倒くさいだけだった。
斬っ!
本棚を切断する。無数の紙切れが舞う中で瑠衣がきよの乱雑さに呆れている。案の定、地下へと伸びる階段があった。大分乱雑な作りだった。恐らく、魔術で階段状に土を抉っていったのだろう。きよは全く以て不用心に進んでいく。その後ろを、瑠衣が進む。瑠衣が暗いと言って、魔術の明りを灯す。といっても、ただ得意の火炎魔術を常に手元で燃やしているだけだ。
そして、三つの分岐に行きあたったが、ここでもやはりきよは迷う事無く歩いて行く。
「あ?」
最期の二つの分岐。そこできよが足を止める。二つの穴をジッと見つめる。
「臭いが、途切れて?」
「……」
瑠衣は少し距離を置いて、きよが集中しているさまを見守る。魔術の『ダウジング』で探しても良いのだが、それの場合、きよの集中を乱す上に、相手は念入りな魔術士だ。罠で間違った方向に導かれる事もある。
「……ダメだ、わかんねぇ」
きよが苦々しい顔をする。両方から悪魔の強烈な臭いがするのだ。きよは瑠衣のほうを見る。
「お前のダウジング、試してくれねぇか?」
「良いわ」
青い宝石の付いたチェーンを垂らす。
右。止まっている。
左。少しだけ、チェーンが揺れる。
「一応左の方に反応はあるわ」
「よし、なら左だ。信用してやる」
きよの言葉に対して、何か言いたげな目線を瑠衣が出すが、それはもう恒例だ。きよは気にした様子もなく進む。
「っつーか俺も左のがくせぇとは思ってはいたんだがな」
「あら、どういう根拠で?」
「左は悪魔のシンボルの一つ」
単純明快な理由だったが、こういう時はそれもまた正解へ辿りつくための重要なキーワードだ。
「ビンゴみてぇだな」
少し開けた空間。電気は通ってないようだが、そこらかしこに魔術による灯がある。そのために、それなりの明るさを持っている。その空間の奥、黒いドレスを着た女がいた。
「よぉ、クソアマ」
「……相変わらず、下品な人ね」
黒崎茉莉。『ソドム』に関与していると思われる、女。悪魔を崇拝する女。
「この間はこっぴどくやられたからな。お礼参りに来たぜ」
「こっぴどく?こっぴどくやられたのはこっちだわ。もう少し聖十字軍を苦しめる事も出来るかと思ったのだけれど……。悪魔の力も大した事ないのね。もっとも、簡単に、赤子の手を捻るように私に負けたあなたはもっと大した事ないのでしょうけど。その単純な思考とか、まさにそうよね」
ビキッ、挑発は大好きだが、挑発されるのは大ッ嫌いなきよの額に青筋が浮かぶ。瑠衣は後で呆れるばかりだ。茉莉はきよの右手側に歩く。警戒は怠らないが、まだ闘志は感じられない。
「ねぇ、切り裂きジャックさん。あなた、昔散々人を殺して来たのよね。なのに、何かしら。悪魔を殺して回って正義の味方気取り?贖罪のつもり?」
「それが、どーしたよ?」
「黒崎義孝、由井。聞き覚えないかしら」
「……」
どこかで聞いた事がある気がする。遠い、遠い昔、どこか、暗闇の中で。
「覚えてないのね。自分が殺した相手の事なんて」
血のカーテンが、開け放たれる。暗く、赤い記憶。憎悪が高ぶる。
「私の両親は、あなたに殺されたのよ、ジャックさん」
「……あ……?」
話が、見えなくなる。自分が殺した?それは良い。だが、ならばなぜその命令を下した『ソドム』と手を組む必要があるのか。きよは少し混乱する。
「解らないみたいね。なら教えてあげる。あなたは私が悪魔崇拝組織『ソドム』と手を組んでいると思っていたみたいだけれど、そんなことはないわ。だって、『ソドム』はあなたが壊滅させたのだもの」
「……てめぇ、『ソドム』と繋がって、ねぇのか?」
「ないわよ。なんで、私があんな薄汚い組織と手を組まなくてはならないの?あなたじゃあるまいし。悪魔召喚も、憑依も、ただの方法。あなたの黒くて汚らしい歴史を刺激するためだけの」
茉莉は、手に杖を持つ。シャン、という音を立てて、きよに頭の方につき付ける。
「私は、両親の仇をとる。『ソドム』が壊滅した今、私の復讐は、あなたを殺す事で成就されるわ」
「そんなこと、させないわ」
黙っていた瑠衣が前に一歩出る。その、身勝手な行動に、怒りを携えながら。
「紅城家28代目当主、紅条瑠衣として、黒崎茉莉、貴女の行動は、決して見過ごせるようなものではないわ」
「本家様までお出まし?よっぽど暇なのね、聖十字軍は」
クスッ、という茉莉の笑いに瑠衣がムッとする。
「挑発にイチイチのんなよ、てめぇは」
お互い人の事は言えないのだが、それで均等がとれる事もある。瑠衣はきよにムッとした顔を、今度はきよに向ける。
「おし、下らねぇ問答はおしまいだ。てめぇをボコして帰る。やる事は決まったな」
きよが刀を鞘に納めたまま構える。抜刀術の構え。
「ボコす?帰る?あなたはここで死ぬ。それだけよ」
シャン、と茉莉が杖を横に構える。瑠衣が距離を置いて指を組んで祈りの構えを取る。
「「殺す」」
二人の言葉が重なって、戦いが幕を切った。