第六章ー定まる標的
絶対安静。そう言った医務員を無理矢理押しのけて、きよは医務室を後にした。通りすがるエクソシスト達が驚いた顔をして何かを言ってくるが、きよは全て無視して歩く。そして、関東支部を後にすると、表に止められているバイクにまたがる。
きよの愛車だ。HAYAMA,Dragonic star4。惚れて買った中型二輪車。Vツインエンジンの排気量400cc。少し背伸びをした買い物となったが、払った値段が気にならないくらいのお気に入りだ。
エンジンをかけると、敷地の外へとすぐに出る。目的は何度か行った事のある場所で、オファーもとってある。追い返されるとか、行き方が解らないという事はない。
ここからは、だいぶ時間がかかる。だから、その間に色々と思う事は多い。だが、
いくら何を思おうとも、やるべき事が変わるわけではない。
目的地に着くと、門の前で一時停車をする。塀の端を見る事が出来ないくらい広い敷地だ。塀も、2メートル近くある。門から屋敷までの間も、噴水やら花壇があり、とても華やかだ。脇の警備室にいる警備員に免許証を見せると、すんなり通してもらった。
ここは紅城家の屋敷だ。きよは、瑠衣を訪ねに来ていた。時間は既に深夜の3時。人を訪ねるには余りにも非常識な時間だったが、瑠衣は何も言わず了承してくれた。
屋敷の無駄に広いリヴィングで待たされる。ソファーは恐ろしく柔らかい。身体が沈む。調度品も下品でない程度に煌びやかで、住人のセンスの良さが伺える。五分程待つと、呼びに行ったハズの召使が独りで戻って来た。
「お嬢様が、呼んでおります」
「……」
きよは何も言わずに立ち上がる。袋に入れた物騒な刀を渡すよう言われたが、拒否する。別に殺しに来たわけではないが、これがないと落ち着かないのだ。多分、暗い世界に居過ぎたせいだ。
そして、きよはダイニングのような場所に通される。奥には、何度か見た事のある中年の男、瑠衣の父親、紅城一馬。瑠衣は少し離れた席に座っていた。
「おかけください、きよさん」
「……」
きよは軽く会釈すると、入り口に一番近い場所に腰をかけようとすると、召使が制止し、今まで座った事のないくらい近い場所に座らされる。
「今日の君は大事なお客様だ。さぁ」
言ってワインのボトルを向けられる。きよは掌を向ける。
「すみませんが、酒は」
「なんだ、下戸か、君は」
「いえ、バイクなもんで」
それ以上飲まされそうになる事はなかった。一馬はワインを少し口に含むと、改めてきよに向き直る。
「顔つきが、大分変った。以前は牙をむき出しにした野犬のようだったのに、どうしたものかな。今の君は、とても立派に見える」
「やるべき事が、出来たんで」
本題、良いですか?きよが聞くと、瑠衣と一馬は一度顔を見合わせてから頷く。少し面喰っているようだった。こんなきよは見た事なかった。
「……先日、俺が何者かに倒された話は聞きましたね」
「ああ、正直信じられなかったがね」
「そこには、悪魔がいました」
「……」
これが重要な話なのだろうか、と一馬は怪訝そうな顔をしている。瑠衣は電話ですでに少し要件を聞いていた。そして、自分独りでは判断できないと踏んだ為に父親、一馬を呼びつけたのだ。
「そこに、お嬢さん、瑠衣さんそっくりの女がいました」
「……」
一馬の顔つきが変わる。今までの少しリラックスした雰囲気から一転し、明らかな緊張が走る。
「その女は、悪魔に話しかけていました。よろしく、と言っていた。そして、俺が暗殺者をやってた頃の、切り裂きジャックの名前を知っていた。それに、『ソドム』の名前も」
「……『ソドム』、か」
一馬の顔に、苦々しいものが広がる。やはり、何か知っている。電話越しでの瑠衣は少し驚いていたが、何かを知っている風はなかった。そして、自分そっくりの人物と言う事で父親に意見を求めるために、今この場に呼んだのだ。
『ソドム』は、きよを暗殺者として育てた悪魔崇拝組織の名前だ。2年前に全て構成員は殺したハズなのに、何故今更になって出て来たのかが解らない。
「あのア、……女は「式神」を使って来た。それも10体近かった。とてもじゃないが普通じゃぁない、かなりよく鍛錬されてる。それに瑠衣さんに似てるときた。紅城家が何か絡んでてもおかしな話じゃないんじゃないですか?」
二人のエクソシストの視線を受けて、一馬は俯く。言っていいのか、と迷っている風だ。
「……この話は、後日……」
「それはできねぇ。俺は明日は間違いなく支部長に呼びつけられて、あった事全部話させられる。あの人に隠し事なんかできねぇし、しようとしても間違いなくばれる。あの人望の塊みたいな人ならではだよ」
「……奴らは、紅城家の闇だ」
一馬はポツリポツリと語り出す。
聖十字軍と紅城家が合流する前、紅城家には二つの思想があったという。
一つは妖、今の悪魔は人に害ある存在だから完全に殲滅すべきである、という今の聖十字軍と同じ物。
もう一つは、悪魔の力を利用して、より強大な戦力を手に入れるべき、というもの。
「両方とも、基本理念は同じで、領主の力になりたいというものだった。危険分子としてみなされてほとんどは処刑されたらしい」
「そんな何百年も前の話されてもな。瑠衣と同じ顔なんだし」
きよがぼそりという。一馬は視線を少しそらす。瑠衣は一馬のほうをジッと見ている。
「……いるんだよ、瑠衣とそっくりの分家の子が。それも、その家は悪魔の力を利用とした派閥の末裔だ。未だにそういった思想を抱えていてもおかしくはない」
「……」
きよは黙って瑠衣のほうを見る。瑠衣は少し俯いてきよの視線から逃げる。
「すみませんが、その子の写真、とかあったら見せて貰えますか?」
一馬は黙って召使に指示を飛ばすと、召使がすぐにアルバムをもってきた。召使って大変そうだなぁ、ときよはぼんやりと考える。
「この子だ」
「失礼します」
一馬が写真を抜き取り、きよに向けて手を伸ばす。きよはそれを受け取る。すると
「チッ!」
恐ろしく大きな舌打ちをして、そのまま面喰っている一馬に突き返す。
「失礼。あんまりにもムカつく女だったんで、思わず」
「……」
瑠衣の視線が痛い。きよは咳払い一つして場を仕切り直そうとする。
「しかし、確かに瑠衣さんとは違うし俺が目撃した女とこの親戚の方は同一人物でしょうね」
「娘との違いが解るのかね」
一馬が意外と言わんばかりに言う。瑠衣も写真を見て顔をしかめている。自分を見ている気分なのだろう。
「違いますね。この親戚さんの目は汚い。汚いというか、何か良くないものを含んでる。暗いものをね。その辺瑠衣さんは……ひねくれてるけど、透き通った目をしてる。後、瑠衣さんは少しメイクが濃」
「きよくん?」
「失礼」
怒りの声を聞いてきよは口を閉じる。一馬が感心したように頷く。
「確かに、瑠衣のメイクは」
「お父様!」
「……」
男二人、何か言いたげな視線を瑠衣に向けると、瑠衣が怒ってそっぽを向く。
「まぁ、話を戻しましてね。この親戚さん、何か怪しげな動きないッスか?」
「解らないな。何せ少し離れている。なによりうちが本家でね。多忙なんだよ、私も。あまり分家一同を気にしていられる余裕もない」
「なら、住所聞いてもいいッスかね。ちょっとばかり、借りがあるもんで」
「きよくんっ!?」
瑠衣がガタッと立ち上がる。
「話が違うわ。翌日等々力さんに話して、状態を立て直してからって」
「建前だよ。本音は違う」
「そんなの解るわよ!なんで」
「俺は!……俺は、『ソドム』を許さねぇ。こいつが『ソドム』の名前を口にしたって事は、こいつは『ソドム』の残党、あるいは奴らとつながりがある。……なら、俺が殺さなくちゃいけねぇんだよっ!」
そこに、正義はない。
きよの愛した、平和もない。
純粋な、殺意と憎悪。
手段を選ばない、殺戮。
強烈すぎる殺意と憎悪を目の当たりにして、瑠衣が一歩退く。
「あのクソアマがもしソドムと一枚絡んでんなら、俺はアイツを殺して、アイツをそんな風に育てた環境を徹底的に破壊する。悪魔崇拝は徹底的に破壊する。それが俺の生きる目的だ。そのためにどれだけの血を流そうと、どれだけの人間に恨まれようと、知ったこっちゃねぇ」
「……」
「きよさん、落ち着いて下さい。瑠衣も、落ち着きなさい」
一馬が制止をかける。きよは知らず知らずの間に立ちあがっていたようだった。腰をかけ直す。少し、熱くなりすぎる節は自分でも自覚しているから、人に注意されてさらに激昂したりはしない。小さく、自分の醜態に対して舌打ちをする。
「きよさん、借りと言ったね?けれど、君の借りに我々が付き合う必要はない。もっとわかりやすく言えば、君個人に分家の住所を教える義務はない」
きよの目に剣呑な色が宿る。一馬はまぁ、落ち着きなさい、となだめる。
「かといって、万が一、分家とはいえ紅城家が悪魔崇拝組織と絡んでいたら私の立場が危ない。だから、なるべく事は静かに片づけたいわけなんだよ」
ようは保身か、きよは椅子に深々とかけ直す。こんなつまらない話をしに来たわけじゃない。今の地位にしがみつこうとしていて、金の匂いがプンプンする。きよはそういうのが大嫌いだった。
「どうだろう、きよさん。元暗殺者ならば、尾行や潜入調査の類も得意じゃないのかな。少しばかり調査して欲しい。そして、悪魔崇拝と関連があるならば皆殺しにして構わない。もしも紅城家が潔白であるならば、それを証明してほしい。そしてこの事は一切口外しない、我々二人の密約、という事でどうだろうか。身内で申し訳ないが、後見人は瑠衣で」
「……調査ってのは、俺のフィーリングで良いんスか?」
「フィーリングとは漠然としてるね。具体的には?」
「気配。『ソドム』に居たせいか悪魔の雰囲気みたいなものが解るんで」
いい加減な事を言っているようにも見えるが、きよはいたって真面目だ。一馬も何とも言えない顔をする。
「じゃぁ、瑠衣さんに同行してもらって良いッスか?彼女のオーケーサインが出るまで絶対に手を出しません」
「……わたしは、異論はないわ。きよくんには借りもあるし」
「借りぃ?」
「コーヒー」
大分安い借りだな。きよは鼻で笑うと、それに瑠衣は若干ムッとしたようだった。
「……娘に、傷をつけないでくれよ」
「その保証はできませんが、多分大丈夫だと思いますよ」
言いながらきよは立ち上がって、瑠衣に手で表に居ると合図する。瑠衣が頷くときよは会釈をして表に向かう。少ししてから、瑠衣が出てくる。いつも通り、赤いドレスだ。
「お前、そのカッコで潜り込む気かよ」
「きよくん、どうせ、さした時間潜り込む気ないでしょう?」
「御明答」
瑠衣が後に乗るのを確認してからエンジンをかける。道交法無視の姫様座りだ。教えて貰った住所をスマホのGPSで確認しながら、二輪を走らせる。まだ、夜は長そうだ。
「なぁ、瑠衣」
きよが前を見ながら瑠衣に話しかける。
「なにかしら、きよくん」
「調査するまでも無さそうだ」
どういう事、問うよりも先に答えが見えた。人気のない道路の上に、幾つかの影が見える。
式神と、悪魔だった。
「一馬さん、確か分家は式神使いだとかって言ってたよな」
「……そう、ね」
「元から解ってた話だが、決まりだな」
きよの後で瑠衣が祝詞を唱える。相も変わらず、つまらない詞だった。
きよはこっそり溜息をつく。
このセンスの無ささえ無ければ文句ねぇんだがなぁ。
加速しながら内心でぼそりと呟く。
「なにか、失礼な事考えなかったかしら」
一撃で悪魔と式神を蹴散らした瑠衣が言う。相も変わらず、大した高火力である。それでいて、周囲に被害を出さない、精密さも兼ね備えている。
「別に。相変わらずセンスのねぇ祝詞だ、って思っただけだよ」
「ふん」
「はんっ」
犬猿の仲、そう呼ばれているのが、不思議なくらい、お互いのやり取りに安心感を覚える。
こういうのも、相棒と呼んでも良いのだろうか。
「……よくわかんねぇなぁ」
きよの呟きは、エンジンの音にかき消されて瑠衣には聞こえなかった。だが、その逆もまた然り。瑠衣の呟きもまた、きよには聞こえていなかった。
そろそろクライマックス
仲悪い組み合わせが仲良くなるって良いですよね