第五章ー昏睡
倒れているきよを発見した瑠衣が関東支部に連絡をとり、聖十字軍は震撼した。
距離感から考えて、きよが倒されたのは5分もない短時間だ。きよは関東支部の五本指に入る実力者だ。そんなきよを短時間で倒した挙げ句に、あれだけの工作を施す。容易ではないのは確かだ。
単独犯ではきよを倒すのにさえ苦労するだろう。
複数犯ならば、きよは無理に独りで突っ込みはしないだろう。
幹部達の話し合いは極めて平行線であり、ついには聖十字軍本部に援軍要請が送られる事になった。
そして、聖十字軍関東支部医務室。きよはそのベッドで寝たきりだった。一命をとり止めたものの、かなりの重体で、すでに三日間昏睡状態だった。
等々力と、瑠衣は見舞いに来ていた。瑠衣は見舞いの花をそっと花瓶にいれる。
「……わたしの、せいです」
瑠衣がぼそりと言う。等々力は頭をふる。
「お姫様のせいじゃ」
「紅城瑠衣っ!」
ガタンッ!と医務室のドアが開けられ、肩で息をした少女が現れた。
きよの服をそのまま着たような少女だ。だが、少し小柄なため、服を着ているというよりと、服に着られてる感が否めない。
彼女を見ると、等々力はもう耳に届いたか、と額に手をあてる。
彼女は一宮紗耶香。きよに助けられたのをきっかけに、きよを異常なまでに慕っている。そのまま妄信的な勢いは、組む事が多い瑠衣に矛先が向く事が多い。
「なんできよさん独りで行かせたのよ!」
「やめろ、紗耶香」
等々力が間に割って入る。紗耶香はきっと等々力を睨む。
「だって、等々力さん!コイツが!」
「いい加減にしないか。きよが倒れたのはきよの実力不足と、勝手な単独行動のせいだ。悪いのはきよだ」
「……きよさんは、誰よりも速く現場に駆けつけて悪魔を殺した!」
「それも全て、きよの自己満足だ」
「……ッ……!」
「そういう単独行動がどれだけ組織に迷惑をかけるのか、コイツもお前も理解していない」
「等々力さん。良いのです」
庇う等々力の前に瑠衣が出る。
「そう、悪いのはわたし。わたしはきよくんみたいな速度で走りはしない。追い付こうという意志はまったくなかったわ」
それは嘘だ。等々力は、連絡をうけた時、瑠衣がどれだけ呼吸を乱していたかを知っている。明らかなオーバーペースランだったハズだ。
紗耶香の顔が、怒りに染まる。カツカツと間合いを詰める。等々力は面倒な事を、と紗耶香をこの医務室からつまみ出そうとする。
「……こ、は?」
ベッドの方からの弱々しい声。きよが目を覚ましていた。
「きよさん!」
紗耶香がきよのもとに駆け寄ってその手を握る。瑠衣は、何も言わず、視線を向けるだけだった。
「……俺、なんで、寝て?ここ、は?」
「きよさん?」
「安心しろ。一時的な記憶障害だ」
言われて見れば、きよは、目の焦点が定まってすらいない。何度か瞬きをする。
「……」
目に、光が灯る。
「あンのクソアマァァアァァッッ!
」
ガバッと、飛び起きて刀を手に取る。屈辱。その一言に尽きる。結局一太刀浴びさせる事も出来なかった。
「きよさん、落ち着いて!」
「絶対安静だ、寝ろ」
「……ハァ、ハァ……」
ギョロリ、と恐ろしい形相で等々力と紗耶香を睨む。紗耶香が戦き、後ずさる。混乱していた。等々力は小さく舌打ちをする。暴れ出しても、不思議ではないシチュエーションだった。
きよの目が、等々力の後方に止まる。
「瑠衣」
そう呟いたきよを見て、もう大丈夫だろう、と等々力は胸を撫でおろす。
しかし、大丈夫ではなかった。
きよの心の中に、黒いものが溢れる。
瑠衣に似た、黒いドレスを着た人形。
「……あ……」
間抜け、とも取れるような声で、きよが声を漏らす。それを聞くと、危ない、と思った等々力が腕を振りかぶる。
きよの顎目掛けて放たれた拳は、きよの跳躍によって空振る。
「紗耶香っ!止めろ!」
瑠衣に向かって降り下ろされる刀を、紗耶香が上段で受け止める。だが、重過ぎる。銀閃は、紗耶香の体制を崩し、床を凪ぐ。
等々力は振り抜いた後のきよの右腕をとり、捻り、引き倒し、グランドでのサブミッションで動きを封じる。
「鎮静剤!早く!」
腕を絡め取られながらもきよは暴れる。等々力は痛めないように、外れないように、細心の注意を怠らない。
「ああ、アァァァァアァァッッ!!」
医務員が慌てて鎮静剤を射つと、きよの身体から力が抜けていく。
等々力が腕を放すと、きよの小さな寝息が聞こえた。
「どう、なってるんだ」
明らかにきよは瑠衣を見て暴れ始めた。だが、瑠衣ではない何かを見ていた、そんな気がしてならなかった。
コツコツ、と瑠衣がきよの近くに寄る。暫く黙って見ていたかと思うと、きよの身体を起こしてベッドに運ぶ。
「……ん……」
「ちょ!」
文句を言おうとした紗耶香の前に手が出される。等々力だ。等々力は静かに首を振る。紗耶香は何か言いたそうな顔をするが、すぐに俯く。そして、等々力に連れられて医務室の外に出ていく。
医務員は、我関せずと言わんばかりに新聞を広げている。
瑠衣はきよを寝かせて、布団をかけるとそっと手を握る。マメだらけで硬い手だった。
瑠衣の中で、きよの認識が変わった。等々力風に言うならば、認められた、と言う事だ。
翌日、目を覚ましたきよは、もう落ち着きを取り戻していた。
胸の内に、激しく燃え盛る怒りと憎悪を隠しながら。