第四章ー不可解な熱
きよほ刀を袋から取り出す。黄昏時の、悪魔が出やすい時間だった。
瑠衣はまだいない。全力で走ったきよにおいつける人物は、数少ない。
こういう、建物の乱立したような立地は、きよにとってかっこうの狩場だった。
音もなく距離をつめる。悪魔は周囲をキョロキョロと見回している。
「その力があれば、大丈夫」
女の声がした。きよはそっと物陰から顔を出す。悪魔といる女なんて、見た事もなければ、聞いた事もない。きよは貴重な情報をと思い、注意深く見るが、悪魔からの影になってよく見えない。
「それじゃぁ、よろしく」
言って女が立ち去っていく。
ここは、悪魔を殺すよりも女の情報を集めた方が良いかもしれない。きよはそう思いたつと、女が少し歩いてから走り出す。後ろを向いている悪魔の首に向かって、銀閃を放つ。
直前で、殺気を感じとられた。五感が人間よりも敏感な悪魔に、きよはいつも気付かれてしまう。暗殺する事が出来ない。暗殺術に長けてるきよが、苦戦を強いられる理由だ。
爪で止められた刃を流して振り切る。そのまま、高速の連斬を繰り出す。
だが、連斬は目眩ましだ。連斬の後の一瞬のスキを狙って攻撃してくる悪魔に向かって、突きを繰り出す。
左の肩に、突き刺さると、それを捻り凪ぐ。腕が、吹き飛ぶ。
「しばらくそこに居やがれ!!」
左手で小振りのナイフを数本抜くと、悪魔目掛けて投げ付ける。投げたナイフが、悪魔を壁に釘付けにする。
「チッ!」
きよが振り返ると、女がこちらを向いていた。
「聖十字軍だっ!!なにもんだ!」
刀を女に向ける。だが、女は動揺しない。それどころか、動揺したのは、刀を向けたきよだ。
向けたハズの刀が、それていた。手に若干の痺れがある。何かをされた。きよはそう判断すると、構え直す。
しかし、それでも動揺は拭えない。きよが動揺した理由は、女だ。
「あら、大分早いのね」
女は、人形のような造形を漆黒のドレスに身を包んでいた。
その女は、あまりにも瑠衣に似ていた。
「テメェ、なにもんだ」
きよの警戒心が強まる。明らかにこの女は異常であると、きよの直感が告げていた。
「不粋ね。極めて不粋」
女は、きよを蔑む。まるで虫をみるかのような目だった。きよは女の言葉を無視して慎重に間合いを詰める。
「わたくし、あなたのような人間が大嫌いなの」
先程までいた、瑠衣と、重なる。
銀閃。
きよは全力で女の首を凪ごうと刃を走らせていた。
女は、軽やかな動きで退いて避ける。
「いきなり斬り」
斬ッ!
「かかる」
斬ッ!
「なんて」
斬ッ!
きよの頭は異常な速度で加熱する。何が自分をこんなにも熱くさせるのか、全く解らなかった。
その不可解を断ち切るかのように、女に斬りかかる。それは、女の言葉も、断ち切っていく。
だが、どんなに速く刻もうとも、言葉は壊せない。
女の言葉を聞く度に、きよは更に加熱する。
この女を斬れ。
この女を刻め。
この女をコロセ。
脳が、自我が、欲求が、強烈にそれを訴えてくる。
この女は殺さなくては、ならない。
この女は殺すべきだ。
生意気で堪に触るこの女を、殺したい。
しかし、いくら斬りかかっても、女は殺せなかった。
最初に出現した悪魔は、猛攻の途中で斬り殺した。普段苦戦する悪魔を、巻き添え程度で殺した事は、きよにとって幸いだろう。
女は、嫌味なくらい軽やかな動作できよから間合いをとり、きよを見下す。
「……あなたとは、近いうちにまた会う事になるでしょうね」
女の左手には、若干の血が付着していた。それを振り払うと、軽やかな動作で女は撤退していく。
「覚えておきなさい、切り裂きジャック。ソドムを」
その言葉を最後に、女の気配が消える。見計らったかのように、表通りの方からヒールの音が響く。
真っ赤なドレスを着た、人形のような造形をした、瑠衣が現れる。
「きよくん。勝手に独りで行くなんて、何を考えているの」
肩で息をしながら、瑠衣はきよに話しかける。しかし、その顔が、ドレスとは真逆の色、真っ青になるのには時間がかからなかった。
きよは、逆五芒星の中で、頭から血を流し、十字になって倒れていた。
そのきよの胸の上には、聖十字軍のシンボルであるロザリオが、二つに砕かれ、逆十字になって置かれていた。