第二章ー消せない過去ー
人の心の弱さに漬け込み、悪魔は這い寄る。人の心に寄生する事で悪魔は息長らえる。
無論、それは人にとっての害悪に他ならない。だから、悪魔を狩る組織が存在する。
聖十字軍。
遥かな昔、聖地奪還を目指した十字軍と、東方騎士団が合流した組織。
真なる聖地は人の心とし、心に憑く悪魔の根絶を行う集団。
とは言っても、一度憑いた悪魔を浄化する事は叶わない。故に悪魔に憑かれた人間の殺害が専らの仕事である。
そんな聖十字軍の関東支部、支部長室にて、きよは正座をしていた。
「紅城瑠衣と、またケンカしたみたいだな?」
支部長、天野等々力はひどくご立腹のようだった。強面がより一層強まる。がっちりした体格をスーツで包んでいるその様は、ヤクザか何かのようである。
瑠衣は紅城家の一人娘で、紅城家は古く、大きな家柄でこの聖十字軍にかなりの寄付金を支払っているという。
ようはお嬢様である。そんなお嬢様が何故このような裏の仕事をしているのかというと、簡単な話だった。
地主でもある紅城家は、古来から不思議な力を持っていた。簡単に言ってしまうと魔術である。
聖十字軍が日本の悪魔狩りを始めた頃、すでに紅城家はその魔術を使い悪魔狩りをしていた。
合併、とはならなかったが、紅城家からの資金援助と人材派遣を代わりに、紅城家は聖十字軍において重役の座を勝ち取った。
言うなればきよは、組織重役とケンカをしたのである。それも、ガチンコの殺し合いである。
遠距離高火力の瑠衣が、刀傷を負っている。それはつまりきよに斬られた他ならない。
「大した怪我じゃありませんよ」
「そういう問題じゃないんだよっっ!!!」
部屋の隅の埃が落ちる程の声量。
轟音の等々力。その桁外れの声量からそう呼ばれる事もしばしばあった。きよはあまりの声量に顔をしかめる。
「お前、事の大きさ解ってんのか、ええ!?」
2メートル近い巨漢が立ち上がって凄んで来る。度々怒られているきよだが、この迫力にだけは慣れなかった。
「毎回毎回、紅城家からの文句処理してる俺の身にもなれ!お前や俺の首やタマだけで済む問題じゃねぇんだよ!事と次第によっちゃ聖十字軍全体に関わる、お前はその事解ってやってんのか!?」
「って言っても、これッスよ?」
言ってきよは袖を捲って腕を見せる。思わず等々力がぎょっとする程の噛み跡があった。かさぶたになっているあたり、血が出る程だったのだろう。
「とんだじゃじゃ馬ッスよ。多分今回の文句、顔面の痣についてじゃないッスか」
「……」
噛みつくとはなんだ、それがお嬢様のする事だろうか。等々力の顔からもそんなニュアンスを感じ取れる。毒気を抜かれたのを確認すると、きよはよし、と拳を心の内で掲げる。
「しかし、手をあげたのは確かだ。刀傷に加えて顔の痣。紅城家はかなり怒っている」
「っていうか、そんなに怒んなら他の奴パートナーにして下さいよ。アイツ手伝わねぇくせにムカつく事ばっかり言いやがるンすよ」
「なんで、お前が紅城瑠衣と組んで仕事をしているか、解っているか?」
「……いや?」
毎回いかにも適当な事を言われ丸め込まれていたきよ。今回はその手は喰わねぇと等々力が何をしたいかを慎重に察する。
「既に多くの実力者は自分の戦法に適したパートナーを見つけている。それがまだ出来てない魔術士は多い。では何故魔術士が多いのか?それはお前のようなインファイターが少ない、人材面の事も一理あるが、最大の原因は魔術士達の傲慢だろう。この程度では自分に釣り合わない、そう思っている輩が多いからだ。今魔術士とインファイターが組んでるペアは、実力あるインファイターが、魔術士に認めさせた結果だ」
つまり、あのムカつく女に認めさせろって事か。きよは内心で嘆息する。いつものパターンじゃないか。
「紅城瑠衣は、トップクラスの実力者だ。彼女に認めさせられるインファイターは、お前しかいないんだ」
「……」
ズルいだろう、それは。どうやって断れというんだ。等々力の期待を無下にしてまで瑠衣とのパートナー解消するというのはかなり大きな決断だ。
天野等々力。その豪腕による一撃で悪魔を必殺し続けて来た、生きた伝説。
今では一線を退いて事務仕事に勤しむが、厄介な仕事には今でも同伴しているために、全てのエクソシストから畏敬の目で見られている。
引退の理由は、パートナーとの死別。詳しくは、等々力本人も語ろうとしていない。
「解りましたよ、まったく!」
きよは背中を等々力に向けて部屋を出ていく。ニヤケた面なんかみせられるか、とさっさとドアの方に行く。
「きよ、無理するなよ」
返事はしないで拳を振り上げて答える。
ドアから出るとすぐに、相も変わらず真っ赤なドレスをきた件の女と鉢合わせた。顔に大袈裟なくらいの湿布が貼られている。
「あら、きよくん。怒られてにやついてるなんて、マゾだったの?確かにそういう性癖してそうだものね」
「……」
きよはライダースのポケットに手を突っ込み、視線を地面に落とし、瑠衣の発言を無視する。
「あら、何も言い返さないの?」
「……」
「野蛮人は言葉も解さないのね」
「……お前さぁ、なんでそんなに俺に突っ掛かって来んだよ?」
通りすぎた頃に、ついにきよが口を開く。だが、それは返答ではない。前々から思っていた疑問。
「……」
「わかんねぇ奴だよな。大抵殴り合えばわかんだけどよ、お前は全くわかんねぇ」
「……あなたとは、住んでる場所が違うのよ」
「住んでる、世界ねぇ」
きよはハッ、と笑う。
「違ぇだろぉなぁ。俺とお前じゃよ」
きよは珍しく瑠衣に向かって笑いかける。だが、それは微笑みというにはあまりにもかけ離れた、嘲笑であった。
「こんな仕事してても口挟んでくるくらい両親に愛されてるお前と俺じゃ、何もかも違ぇよな」
それを捨て言葉に、きよはその場から立ち去る。残された瑠衣は首を傾げる。
「……どういう、事かしら」
疑問を抱いたまま、瑠衣は支部長室にノックをしてから入る。
「こんにちは、等々力さん」
「ご足労ありがとうございます、お姫様。どうぞ、おかけ下さい」
瑠衣は言われたままに椅子に腰をかける。その向かいに等々力が腰をかける。
「浮かない顔をしてますね、お姫様」
「ええ、少し、気になる事が」
「私の解る事ならお答えしますよ」
瑠衣は先程のきよとの事を話す。話せば話す程等々力の顔が険しくなっていく。
「……なんであんたはいちいちきよに突っ掛かんだ」
「なにか?」
「いえ、何も」
幸い等々力の言葉は聞こえていなかったらしい。等々力は咳払いをする。
「お姫様、誰にでも触れられたくない事というのはあるのです。きよには、住むとか家とか、そういう言葉はタブーなんですよ。本当、切り刻まれなくて良かった」
先程の言葉が効いてくれたかな、と等々力は自分を誉める。期待してると暗に言う事で、きよは少しばかり忍耐力がついたみたいだ。
「けど、これは話せない。これはきよの、一番嫌な話しなんです。思い出したくもない、暗黒期」
「聞かせて下さい」
「いえ、これはいくらお姫様が相手でも、ダメです」
「聞かせて下さい、お願いします」
「……」
傲慢な魔術士に輪を掛けて傲慢な瑠衣の口から、お願いしますという言葉が出てくるとは思わなかった。
等々力が面食らうのはまだ早かった。瑠衣は頭を下げる。
「お願い、します」
「……あいつはね、孤児なんですよ」
「孤児?」
「孤児、というのは正しくないかもしれない。きよの両親はきよが幼い頃に殺されて、親を殺した相手に暗殺者として育てられたんだ」
「……」
瑠衣は驚きのあまり目を見開く。
そうして、等々力はきよの暗黒期について語り出す。
きよの家は、優秀な武家だった。聖十字軍にも何人か門下生が入っている。長男として産まれたきよも、師範になるべく、幼い頃から武術の教育を受けていた。厳しくも、暖かい家庭だったと希少な門下生から聞いていた。
だがある日、きよの両親が、ある、反聖十字軍の悪魔崇拝組織によって暗殺される。
その、両親が殺される場面を見たきよは記憶喪失に陥った。そうして、その悪魔崇拝組織に暗殺者として育てられる。
きよによって、多くのエクソシストが殺害され、一時期、きよは聖十字軍内において、切り裂きジャックと呼ばれ恐れられていた。
しかし、ある時、男女のエクソシストを殺した際に、記憶を取り戻す。何の因果か、そこはきよの実家の目の前だった。
「そうして、きよは組織に戻ると組織の人間を全員殺して回った。構成員のリストを見ながら、殺し損ないがないように。そのあと、聖十字軍に殺してくれと頼みに来た。それが、俺で、今から2年前、お姫様が入団する少し前の事だった」
「……」
きよの戦闘スタイルは、瑠衣から見たら野蛮極まりないものだった。速い踏み込みとフットワークでバタバタと動き回り、急所を攻撃し続ける、喧しく残虐なものだった。ガードは疎かだし、長期戦になる事を念頭においていない、短期決算のスタイル。
しかし、暗殺がルーツというならば、解る気がした。
そして、自分の言葉が、きよをどれだけ傷つけたのかも解った。
いてもたっても居られず、瑠衣が立ち上がると、等々力が入り口のドアの前に立ちはだかる。
「退いて下さい、私は」
「きよに謝る気か?謝ってアイツの気が済むのか?過去が消えるのか?」
「それ、は……」
「自己満足にしかならない事はしない事だ、お姫様」
等々力は、瑠衣を再び座らせる。
「……」
「お姫様、きよと、仲良くやってくれ。きよは人を信用出来ない」
「……険しそう、ですね」
その言葉に、等々力は何も答えなかった。自分自身でさえも、きよが信用してくれているか、解らないからだった。
今回は早いでーす
次話もサクサク書けるよう努めまーす