第十六話
「シュール! もういい? いいよね? いこう? ね? 早く!」
「わかった。わかったから少し落ち着け。別に行かないとは言ってない」
ダンダクール武具工房から出て、俺の手を取ってミカールの町を疾走する。
先のクエストで偶然手に入れたユニークアイテムのアイアンソード。
当然、詳細はまだ未鑑定だからわからない。
鑑定してくれる設備があるらしいので、場所もわからないままその何処かを目指しているのだ。
「気持ちは分かるが、一体何処で鑑定してくれるんだ?」
「わかんない! でも、走ってれば何処かに着くはずだよ!」
マジか? いくらダンダクール武具工房を偶然一発で探し当てたシックスセンスの持ち主だって、無茶がすぎるんじゃないか?
むしろつき合わされる俺の身になれ。
「こんなにうじゃうじゃプレイヤー共がいるんだ。聞いてみたらどうだ?」
何言ってるの? この人? みたいな顔をして足を止めるマリア。
「駄目だよ! MMOじゃ情報は命だよ。こんな低レベルの段階で、鑑定が必要なアイテムを持ってると知られたら何が起こるかわからないじゃないか」
「気にしすぎじゃないか? そもそもルーナルミナに町を案内してもらうんだから、俺達は何もわからない状態だぞ?」
「そこは持ち前の感でカバーだよ! 僕、二時間も待てないよ! ほら、早く早く!」
これはもう誰にも止められないな……俺はため息一つついて、その手を引かれるままにマリアの進む道を併走していった。
「……マリア、一ついいか?」
「……駄目」
俺達は今、ダンダクール武具工房の前にいる。
誰にも何も聞かず無作為に走り回った結果、町の中の設備は民家も含め全て回った。
しかし、目的の鑑定可能な設備はなく戻ってきたのだ。
「そうか。じゃあ提案がある」
「…………」
「実はもう二時間立っている。目と鼻の先にクエスト完了条件があるのはわかるな。先にルーナルミナから銀鉱石の武器を受け取ろうと思うんだがどうだ?」
「…………仕方ない。でも、シュール。ちゃんと最後まで僕に協力してね」
まあ、こんな中途半端で見捨てたりしないさ。
俺だって未鑑定品を入手した時に場所がわからないとキツいし。
ああ、ルーナルミナに、と言うかNPCに聞けば良かったんじゃないか?
何だかんだいって、俺も少し浮かれてたらしい。
ダンダクール武具工房に足を踏み入れながら、気がついたそれらは決して口には出さなかった。
「はい、シュールさんにはこれで、マリアさんにはこれになります」
俺に手渡されたのは、サイフォスと言う両刃の片手剣ではなく全然違う銀色に輝く剣だった。
「これは……メルクリウス? ユニークなのか? 効果は……攻撃力15で知力アップと水属性攻撃。素体になったサイフォスが4で、ロングソードが10だから随分高位の武器に変わったな」
「凄いじゃない! 僕のはシルバーブレードだったよ。ルーナルミナ、これには何か付加効果が付いてるの?」
まじまじと渡されたユニークアイテムのメルクリウスを見る俺と、素振りよろしくシルバーブレードをブンブン振り回してるマリア。
設定した種族毎にリーチが多少異なるんだな。一寸意外だった。
「はい、勿論です。銀には神聖属性が付与されているので、獣人や死者等に追加ダメージを与えられますよ」
銀の弾丸か……。
「本当だ。書いてあった」
見ろよ、武器の説明。
「済まないな、ルーナルミナ。ありがたくいただくよ」
「はい! どうぞ使ってください。武器は使われる事で輝きますから……と、じゃあ、町の案内でしたね。今、準備してきますから、一寸待ってて下さいね」
そう言って、また奥に消えようとするルーナルミナ。俺がそれを呼び止める。
「あーそれなんだがな。待ってる二時間であらかた回れたから大丈夫だ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。すまんな、頼んでおきながら。ただ、アイテムの鑑定が出来る場所だけわからなくてな。済まんがそこだけ教えてもらえないか?」
「そう、そうだよ! これを鑑定したいんだ!」
忘れてたのか、シルバーブレードをしまうとルーナルミナに未鑑定のアイアンソードを見せてくるマリア。
「え? アイテムの鑑定でしたら、ここでやってますよ?」
「なぬ?」
「本当!?」
これはまた……あの二時間は何だったんだろな?
「じゃ、じゃあ、これ! これを見てくれる!?」
「ええと……このアイテムはユニーク品質になりますね。ユニークアイテムですと、鑑定に5000ゴールドになりますが宜しいですか?」
「ええええ!!?? そんなするの?」
二人合わせても全然足りんな。合計で1000もないし。
「どうする? って言っても無い袖は振れんが」
「うう…………貯める! で、すぐに鑑定するから!」
まあ、そうなるよな。でも、それならシルバーブレード貰っててよかったな。
死蔵するには余りに勿体ないし。
「そうですか、わかりました。では、こちらはお返ししますね」
「うん、有り難う。そう言えば、今何時だろ?」
この娘は……自分で確認しろ、全く。お嬢様か?
「16時24分だ。もう、8時間以上ログインしてるな」
「わ、不味いよ! また、お母さんに怒られるよ! シュール、僕……」
そう言ってログアウトの手続きを取るマリア。
「僕、今日はもう無理そう」
「だろうな、頑張れよ」
これから起こるであろうリアルでの苦難を考え、激励の言葉をとばす。
「うう……シュールも一緒に謝ってよ……」
「どうやってだ……。ラグナロク内で何か言っても逆効果だろ?」
「じゃあ、家に来て!」
「知らんし、馬鹿な事言ってないで出来るだけ円滑に終えられるような説得文句でも考えとくんだな」
僅かに俺を恨めしそうに見てから、別れの言葉と共にマリアはログアウトした。
俺も一回帰って飯でも作るか。
「じゃあ、また夜に」
「はい、お疲れさまでした。またのお越しをお待ちしています」
システムに類する事のコメントもしっかり用意されてるとは、本当にラグナロクのNPC恐るべし。
そして、俺もログアウトした。