口内炎に苦しむ男
冬の短編祭り第1弾!
今回は口内炎に苦しむ会社員のある意味帰趨な運命を書きました。
では!
「鈴木くん、これから一杯どうかね」
「……え?」
僕の名前は鈴木。
25歳、独身、魔法使いまであと5年。
僕は普通の会社員として、この「猿山商事」に勤めている。
そして会社終わりの今、僕は部長から飲みに誘われた。
「いや、一杯どうかと。近くに安い居酒屋が新しく出来ただろう? どうかね?」
部長(推定48歳、薄らハゲ)は会社の裏手にある大手系列の居酒屋へ行きたいようだ。
「あ、はい。僕でよかったら」
とりあえず相手は部長(最近離婚調停中らしい)だ。
飲みの誘いを断れないのが上下関係の性ってヤツだ。
「そうかそうか、じゃあ早速行こうか!」
部長(座右の銘は一期一会)は、いそいそと身支度を整える。
その顔は笑顔だ。
「はい……」
僕も作り笑いで部長(最近ロトで3万も摩ったらしい)の笑顔に答える。
はぁ……。
どうしよ。
僕、今口内炎出来てるんだよな……。
居酒屋「飲んだくれ」
なんとも言えぬネーミングセンスだよこの店。
そんな店に僕と部長(最近娘さんが結婚したそうな)は入店。
窓際のテーブル席に通された。
「とりあえず生二杯!」
僕の口内炎の事を多分知らないであろう部長(この前自転車が盗難にあっていた)は生ビールを勝手に注文。
ありがた迷惑。
「鈴木くん、君は何食べる?」
「あ、じゃあとりあえず唐揚げと……」
もちろんレモン抜きで。
「唐揚げね。おーい店員さん、唐揚げ1つ。あ、レモン多めで!」
……はぁ?
「鈴木くんはレモン大丈夫だよね。私、酸っぱいモノが好きで」
部長(薄らハゲ)はニヤニヤしながら薄い頭皮をポリポリ。
「ああ……れ、レモンですね。だ、大丈夫です……」
早くも僕の口内炎が疼き出している。
「あとは……枝豆と手羽先。味濃いめで」
「…………」
口内炎が痛い。
「……どうしたんだい鈴木くん? 何かあったのかい?」
気付くと注文を終えた部長(昔はパンチパーマだった説あり)が僕の顔をまじまじと見ていた。
「あ、いえ、別に何でもないです」
いや正直何でもない訳ではないんだけど。
「そうかい? ならいいんだが……」
そう言うと部長(幸薄そうな面構え)は視線を店のメニュー表へ。
「ほほぅ……ここ、結構お刺身安いね」
「そうですか……」
「よし、追加注文するか!」
「え?」
「すみません、天ぷらセット1つ!」
刺身関係ねぇ!!
そしてしばらくして、料理が運ばれてきた。
「うぐぁっ」
ぎゃあああ、口内炎にビール染みるっ!
「さ、鈴木くん食べた食べた!」
そう言って天ぷらに大量の塩を投下する部長(愛用のシャー芯は0.5ミリ)を殴り殺したい。
しかし、僕はその殺人衝動をぐっとこらえ、ビールをひと口。
ひゃあっ!
「あ、鈴木くんは塩ダメだっけ?」
「え?」
部長(尊敬する人物は板垣退助らしい)は何かを悟ったらしく、突然塩を掛けるのを止めた。
え、まさかこの人エスパー!?
「鈴木くんは塩じゃなくて醤油って顔してるもんな!」
すると部長(よく見るテレビはゴルフ中継)は醤油を天ぷらにドバドバ。
「……は?」
何だこのオヤジ?
殺されたいのか?
「ささ、鈴木くん食べなさい!」
そう言って部長(高校時代のあだ名はポコチンだったらしい)は、僕の皿に塩と醤油たっぷりの茄子の天ぷらを置いた。
口内炎が疼く。
「ほらほら、遠慮するな!」
いや遠慮はしなくても拒否はしたい。
「はぁ……じゃ、じゃあ頂きます……」
相手は一応でも部長(未だに携帯の機能を使いこなせていない)だ。
ちゃんと食べないと……
「…………」
僕は口を開け、なるべく口内炎に当たらないよう天ぷらを投入。
そして咀嚼……
モリッ
「ふんぐっ!!」
ぎゃあああっ!!
しまったぁ!
口内炎噛んだっ!!
「ど、どうしたのかね鈴木くん!?」
僕の半ば悲鳴じみた声に部長(口臭が腐った鯖の匂い)が反応。
なんか凄い顔でこっち見てくる。
「い、いえ。なんれもないれす……ぎゃあ!」
そして痛みに耐えながら僕が喋った瞬間、口内の天ぷらが口内炎に接触。
ダメージ倍加。
「なんだ、もしかして喉に詰まったのかい? だったら飲み物を飲みなさい!」
部長(体臭が腐った虫の死骸の匂い)は何を勘違いしたのか、僕の口にビールのジョッキをぐいっと……
そして悲惨な口内に投入されるビール……
結果……
「ぐふぁっ!!」
僕は口内の全てのモノを部長(誕生日は12月24日)の顔面めがけて吹き出していた。
いや決してわざとではない。
たまたま目の前に部長(血液型B)の顔面があっただけで……。
「はぁはぁ……っ! ぶ、部長……?」
僕の目の前には、なんか悲惨な部長(眉毛めちゃくちゃ太い)の顔。
「……鈴木くん」
「は、はいっ?」
「……口内炎でも、出来ているのかい?」
「えっ……あ、はい……」
「……そうかい」
「……はい」
部長(本名山田一太郎)は、柔らかな顔をしていた。