50年前の英語ノートにあった「S」の謎 (船型のSの行方) ― 小さな疑問から見えた文字文化の話 ―
第一部 物語 Sの謎
人の記憶というものは不思議なもので、 ときどき、何十年も前の小さな出来事が思いがけない形で今の世界とつながることがある。
これは、たった一つのアルファベット 「S」から始まった小さな物語である。そしてその物語は、50年前の記憶と現在の文字文化をつなぐことになった。
50年前の英語ノート
ふと思い出したのは、 もう50年以上前の中学校の英語の授業だった。 当時、英語のノートにはアルファベットを何度も繰り返し書かされた記憶がある。その中で特に印象に残っているのが 小文字の S だった。 それは普通の s ではなく、 少し船のような形をした文字だった。「 筆記体のS 」 先生に言われて、 ノートの上に何度も書いた記憶がある。 sun star 英語を書くときは、 こういうつながる文字で書くものだと 当時は自然に思っていた。
船形のS
この文字は、今思えば筆記体だった。しかし当時はそんな言葉を意識したことはなかった。 ただ英語を書くときの 「普通の形」として覚えていたのである。 特に S は印象に残りやすい文字だった。くるっと曲がる流れるような形。子どもながらになんとなく「きれいな文字だな」と思った記憶がある。だから長い間 、私の頭の中では小文字のS=あの船形の S というイメージのままだった。
スーパーでの違和感
ある日、スーパーで商品を見ていて ふと英語の文字に目が止まった。インスタントコーヒーの棚だった。「インスタント」という言葉が頭に浮かび、ふと Instantの S を探してみた。
しかし、思った形の文字が見当たらない。 もちろん S という文字自体は いくらでもある。 商品名やブランド名、パッケージのロゴにも普通に書かれている。けれども 私の頭の中にある あの船のような形の S は どこにも見つからない。 コーヒーの棚を見ても 別の食品の棚を見ても同じだった。 英語の文字はある。
しかし、あの S だけが見当たらない。 そのとき、ふと「船型ちゃん、どこかへ流れていってしまったのかな」 そんなことを思った。
なんとなく気になり、 帰るまでの間も商品のパッケージの英語をちらちら見てしまった。 しかし、やはり見つからなかった。
「あれ?」という疑問
最初は気のせいかと思った。 しかし、だんだん不思議になってきた。 英語には 大文字と小文字がある。そして文字によっては、 大文字と小文字の形がかなり違うものもある。 A と a G と g だから私は自然に S にも別の小文字があるのだと思っていた。 そしてその形が あの船形のS だと思っていた。 ところが実際には どこを見ても s この形ばかりだった。「なぜ小文字のSを使っていないんだろう?」 その疑問は 頭の中に残り続けた。
思い込み
思い返してみると私は長い間ある思い込みをしていた。船形の S を小文字の S だと思っていたのである。 しかし、それは 小文字ではなかった。
気づき
あの文字は小文字ではなく筆記体 だった。 つまり s は小文字、 船形のSは「筆記体のS」だったのである。
教育の変化
さらに分かったのは 、今の学校では筆記体を、ほとんど教えないということだった。 50年前 英語を書く → 筆記体 、現在 英語を書く → 印刷体、 私の記憶の中の文字は、昔の英語教育の中に残っていたものだったのである。
Sの謎
こうして小さな疑問は解けた。 スーパーで見つからなかった S は、消えたわけでも 間違っていたわけでもなかった。 ただ時代が変わっていただけだった。 50年前の英語ノートの記憶が現代の文字文化とつながった瞬間だった。
第二部 考察 日本語と文字文化
日本語の不思議な文字体系
世界の多くの言語は 、一種類の文字体系で書かれている。しかし日本語は違う。 日本語では 、漢字 ひらがな カタカナ アルファベット という複数の文字体系が 同時に使われている。 これは世界でもかなり珍しい特徴である。
外来語
外国から入ってきた言葉は、日本語では主にカタカナで書かれる。 テレビ コーヒー インスタント コンピューター これらは、すでに日本語の中に完全に定着している。
和製英語
日本には、英語のように見えて実際には英語ではない言葉も多い。 サラリーマン ベビーカー コンセント これらは和製英語と呼ばれている。
外来語の略語
日本語では、外来語が短くなることが多い。 リモートコントロール → リモコン パーソナルコンピューター → パソコン エアーコンディショナー → エアコン これは、日本語独特の言語文化である。
アルファベット略語
現代では、アルファベットの略語も多く使われている。 AI USB SNS GDP これらは、アルファベットのまま日本語の中で使われている。
なぜ日本語は混ざるのか
日本語は昔から外国の文化を柔軟に取り入れてきた。 漢字は中国から来た文字である。 カタカナは仏教の学問から生まれた。 そして現代ではアルファベットも普通に使われている。
文字は文化である
文字は単なる記号ではない。 その国の文化や歴史を映す鏡でもある。 日本語の文字の多様さは、 日本文化の柔軟さを表しているとも言える。
小さな疑問から広がる世界
今回の「Sの謎」は、ほんの小さな疑問から始まった。 しかしその疑問は、英語教育 文字文化 言語の歴史 というところまで 広がっていった。
人間の疑問というものは、ときに思いがけないところまで 世界を広げてくれる。
そして、もしかすると私たちの記憶の中には、まだ気づいていない 「小さな謎」が 、いくつも眠っているのかもしれない。
後日談 船形のSの行方 ポテトチップスの袋で再会した「筆記体のS」
この話を書いた翌日、私はスーパーで、ついに船型のSを見つけた。
それは英語の文章の中ではなく、ポテトチップスの袋のデザインの中だった。
思わず写真を撮り、私は船型ちゃんを、ポテトチップスの袋ごと家に連れて帰った。
味のためではない。
50年前の英語ノートにいた、あの船型のSを、もう一度確かめるためだった。
どうやら船型ちゃんは完全に消えてしまったわけではないらしい。
ポテトチップスの袋の中で、「筆記体のS」は息をひそめていた。
そして船型ちゃんの仲間は、まだどこかで生きている。




