第8話:白銀の静律、残熱の疼き
「……っ、あ、が……っ!」
組織『NULL COLLAPSE』の深部、凍てつくような無機質さに満ちたメンテナンスルームに、リサの押し殺した悲鳴が漏れた。 彼女の背中には、数条の光ファイバーが神経系へと直結され、人造パッチ『Burn-Out』の再調整が行われている。それは「治療」などという生温いものではなく、劣化コピーゆえの不具合を強引に上書きする、暴力的なデータの流し込みだった。
(熱い……。私の……私の回路が、溶けていく……!)
リサの意識の淵で、赤いノイズが火花を散らす。人造の火は、彼女の魂を薪にして燃える。本物の『THERMAL-IGNITION』を持たない彼女の肉体は、ミッションをこなすたびに、自らが生成した熱量によって内部から焼き切られていくのだ。
「ふふ……、あはは。スペア……だもんね、私は」
蒼白な唇から、自嘲的な笑みがこぼれる。本家のカイが持つ「本物」への羨望と、それ以上に、自らが「まがい物」としてしか存在を許されない絶望。リサは、熱に浮かされる意識の中で、自らの指先をじっと見つめた。その指先さえも、演算過負荷で僅かにボクセル状に欠け始めている。
「……本物に、勝てないなら。せめて、この熱で……世界を、焼き尽くして……」
その時、メンテナンスルームの自動ドアが、音もなくスライドした。
「出力効率が低下していますね、リサ」
心臓が凍りつくような、絶対的な静寂。銀髪を完璧に整えた『氷華のセレナ』が、そこには立っていた。彼女が歩くたびに、部屋を満たしていた熱気が、物理法則を無視した「沈黙」へと変わっていく。
「セレナ……様。……申し訳、ありません。すぐに、次を……」
リサが震える体で起き上がろうとした瞬間、セレナの白い手が、そっとリサの頬に触れた。
その瞬間、リサは奇妙な感覚に襲われた。 熱を帯びた痛みが「消えた」のではない。セレナの手が触れた場所から、**「痛みの感覚そのものが、遠い過去に置き去りにされた」**ような、時間的な断絶。そこには、熱も冷たさも、感覚さえも介在しない異質な静寂だけが横たわっていた。
「……っ」
リサは言葉を失った。セレナの眼鏡の奥のアイスブルーの瞳は、いつもと変わらず無機質で、冷徹な機械のようだった。だが、セレナは無言のまま、乱れたリサの髪を、慈しむように一瞬だけ指先で整えた。
その所作には、セリフよりも重い、憐憫に似た何かが漂っていた。
「リサ。君という個体は、まだ完成には程遠い。……しかし、その不完全さこそが、時に美しいログ(記録)を生成することがあります」
セレナが手を離すと、置き去りにされていた「痛み」が、再び遠くからリサの神経を叩き始めた。だが、それは先ほどまでのような絶望的な熱ではなかった。
セレナは背中を向け、出口へと向かう。その背中には、冷徹なアーキテクト(設計者)としての顔とは裏腹の、どこか深い孤独と、リサを「逃がそうとしている」かのような、矛盾した優しさが漂っていた。
「……静まりなさい、リサ。残熱は、まだ君を燃やすには足りません」
セレナが去った後、リサの心に刻まれたのは、癒やしではなく、底知れない「違和感」だった。 セレナが通り過ぎた後の床に咲いた氷の華は、いつまでも溶けることなく、ただそこに「固定」されていた。




