第7話:焦熱の解放と、絶対零度の審判
「――あはは! そう、それでこそ本家のクソ女よ! 燃えるわ、魂のデータまで焦げつくほどに!」
神速のカイを前に、ミナの笑みが狂気の色を帯びる。 彼女は大剣へと合体させた『レガリア』を自身の胸元へと押し当てた。それは、自らの心拍とシステムを強引に同期させる禁忌の所作。
ドックン、ドックン。
周囲の空間に、巨大な心臓の鼓動のような重低音が鳴り響く。 「命を薪にした、禁忌の熔解……! ミナ、やめて、そんなことしたらあなたのコードが!」
「解凍――BURN RUSH!!」
ミナの咆哮と共に、彼女のスーツが「重機装甲」へと瞬時にレンダリングされていく。周囲には無数の火炎ダガーが、さながら「滅びの流星群」のように浮遊し、カイの四方を完全に包囲した。 ミナの肌は薔薇色に上気し、滴る汗は蒸発して白い蒸気を上げる。
「命を、燃やし尽くしてあげる……!」
空間が悲鳴を上げ、レンダリングが追いつかずに世界が赤いノイズへと熔けていく。ミナの放つ一撃一撃が、WONDERLANDの描画レイヤーを物理的に焼き切っていく。
カイはAERO FLOWの翼をはためかせ、シアンの閃光となって火炎の雨を縫うように駆ける。風と炎。相容れない二つの属性が衝突するたび、空間が爆ぜ、パケットの死骸が美しくも残酷な火花となって宙を舞う。
だが。 その激突の絶頂、戦場からすべてのSE(音)が掻き消えた。
――パチン。
乾いた指の音。 狂ったように燃え盛る炎が、その瞬間、音もなく繊細なガラス細工へと変わった。
「熱量が過剰ですね。――静まりなさい。この世界に『ゆらぎ』は不要です」
空間の裂け目から降臨したのは、銀髪を完璧に整えた女性、氷華のセレナ。 彼女が歩く足元からは、幾何学的に完璧なフラクタル状の氷の華が次々と咲き誇り、地表の熱を瞬時に奪い去っていく。ミナが放った火炎ダガーも、カイが纏ったシアンの風も、物理法則すらも無視した「絶対零度」の前に静止させられる。
「……セレナ、様。私は、まだ……」
ミナが大剣を支えに喘ぐ。セレナはその眼鏡の奥のアイスブルーの瞳で、ミナをゴミデータのように冷たくスキャンした。そして、彼女の顎をクイと持ち上げ、冷酷に見下ろす。
「無駄な演算ですね。生命の価値は、その出力効率でしか測れません。スペアに発言権はありません。帰還して、再構築を受けなさい」
「……っ」
ミナの瞳に、捨てられた子犬のような痛々しい情念が走る。セレナが指先を動かすと、ミナの身体は無機質な氷のパケットに包まれ、強制転送の渦へと消えた。
「カイ・リア。不完全なコードを抱えたまま、どこまで足掻けるか……せいぜい、ログに残しておきましょう」
セレナはカイを「ただの未処理データ」として一瞥すると、一欠片の氷と共に姿を消した。
後に残されたのは、絶対零度の静寂と、ミナの装備の破片――「火の不完全なコード」。 カイはAERO FLOWを解除し、荒い息をつきながら、ミナが消えた空間をじっと見つめていた。
(ミナ……あなたの、あの痛々しいほどの熱量は……。あれも、ただのバグだっていうの……?)
肺を刺すような冷気の中、カイは拾い上げた赤い破片の、微かな温もりを忘れられずにいた。




