第5話:鏡の深淵と再起動の産声
カフェの隅、琥珀色の紅茶を前にして、二人の空気は一変していた。 先ほどまでのラブコメめいたトーンは霧散し、テーブルの上にはリアが投影したホログラムデータが踊っている。
「……ミナ・フォン・エヴァハーネル。彼女が残した赤いノイズの残滓を解析しました」
リアの声が、アンドロイド特有の無機質さを帯びる。
「エヴァハーネル……。私と同じ、世界の維持を義務付けられた家系。でも、あの『フォン』の称号が意味するのは、維持ではなく『支配』の系譜……」
カイは、ミナが去り際に小動物プログラムへ見せた、あの一瞬の柔らかな眼差しを思い出していた。
「……あの子、本当にただのバグ(敵)なのかな。リア、私は彼女のコードの奥に、何か別の旋律を感じるの」
「感情的な推論は演算のノイズです、カイ。現実世界への侵食は始まっています。これ以上の猶予はありません」
カイは力強く頷き、バッグから手鏡を取り出した。 なぜ鏡か。それは、鏡面が光子の量子位相を同期させるのに最適なインターフェースだからだ。
「……準備はいい、リア? さよならを告げる準備は」
「いつでも。私の演算リソースは、すべて君のために」
カイが鏡面に指を触れる。 次の瞬間、指先から波紋状に「0」と「1」の奔流が広がり、硬質な鏡が液体状のインターフェースへと変質した。
「――再起動!」
カイの身体が、足元から立方体の粒子――ボクセルへと分解されていく。 現実の街並みが、まるで超高速でレンダリングされるように剥がれ落ち、シアンと青の崩壊世界へと書き換えられていく。
視界が歪み、重力が反転する感覚。 地面に降り立つその瞬間、カイの私服は光のパケットに包まれ、再びMode: ALICEのドレスへと再構成された。
紫電の瞳が、デジタル世界の冷たい風を捉える。
「……戻ってきたわね、WONDERLAND 2.0。さて、バグ退治を再開しましょうか」
カイはクールにEXE-Cutorを実体化させた。 ……しかし、その直後、足場の悪いポリゴンの段差にヒールを引っかけ、盛大にグラついたのは、リアだけの秘密である。




