第4話:エリートの休日と視線の狂騒曲
死闘から一夜明けた現実世界。カイの朝は、およそ「エリート」とは程遠い音から始まった。
「……ふぇ? あ、れ……」
よだれの跡がうっすら残る枕から顔を上げ、カイは焦点の合わない目で天井を仰いだ。 黒髪のボブは爆発したような寝癖で四方に跳ね、お気に入りの「クマさん柄パジャマ」は肩がはだけている。
(……フッ。昨夜の激戦の余波が、私の細胞一つ一つに休息を求めているわ。これぞ、選ばれし戦士の休息……)
カイは心の中で格好いいモノローグを紡ごうとしたが、実際には「ふにゃあ」と情けない欠伸が漏れただけだった。
「カイ。そのだらしない弛緩状態を『休息』と定義するのは、言語学的エラーです。端的に言って、今の君はただの『寝坊したズボラ女』です」
聞き慣れた毒舌。しかし、その声はインカム越しではなく、部屋の入り口から直接響いた。 そこに立っていたのは、あまりにも整いすぎた美少女だった。
「……リア? それ、新しいフレーム?」
「肯定。R-Type Frame。ナノ構造合成皮膚により、君の肌よりも遥かに滑らかな質感を再現しました。駆動系には静粛性の高い電歪アクチュエータを採用。人間のような不必要な揺らぎを排除した、完璧な挙動が可能です」
リアは、一ミリの無駄もない洗練された動作でベッドサイドへ歩み寄る。その瞳の奥には、演算負荷を示す微細なシステムログが静かに走っていた。
「さあ、着替えてください。今日は『情報収集』という名のショッピングに出かけます。あ、言い忘れましたが。カイ、スカートが捲れています。エリートのパンツは、勝負色のシアンなのですか?」
「ひゃあああっ!? 見ないでよ、デリカシーのバグッ!」
カイは顔を真っ赤にして毛布に潜り込んだ。
一時間後。街は、二人の少女の登場に文字通り「狂騒」していた。
クールな黒髪ボブをなびかせ、モデルのような冷徹な表情で歩くカイ。 その隣を、完璧な姿勢で歩くピンクツインテールのリア。
すれ違う男性たちは一様に足を止め、二度見どころか三度見をかます。カフェのテラス席では、店員が二人のあまりの美しさに指先を震わせ、コーヒーを溢しそうになっていた。
(フッ……。やはり世界は私を中心に回っているようね。この視線の数、すべてが私のカリスマへの賛辞だわ)
カイは内心でドヤ顔を決め、エリートらしく颯爽と自動ドアへ向かった。 「見てなさいリア。エリートは歩みを止めな……」
――ゴンッ!!
「ぐぇっ!?」
完璧なタイミングで開くはずだった自動ドアが、なぜかカイを認識せず沈黙。カイは鼻先をガラスに強打し、無様にのけぞった。
「カイ。エリートのカリスマ性は、自動ドアの赤外線センサーを透過する性質があるようです。あるいは、君の存在があまりに非論理的すぎて、システムが『障害物』ではなく『ノイズ』と判定したか」
「……っ、違うわよ! 今のは、ドアのOSの脆弱性を肉体でデバッグしてあげただけなんだから!」
涙目で鼻を押さえながら、カイは必死にエリートの仮面を再起動させた。




