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沈黙のエンジニア(サイレント・エンジニア)は、四大元素の回路に、さよならを告げる。  作者: 霧ノシキ


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第29話:『不確定性の共鳴(レゾナンス)』


【三位一体の猛攻】

 白銀の静寂が支配する演算室の中央で、三つの魂が、一つの巨大なビートを刻み始めた。 カイ、リサ、リア。 異なる属性、異なる過去、異なる在り方を持つ三人が、今、物理的・精神的な境界を超えて完全に同期シンクロする。

「……行くわよ、二人とも! 全出力、私に預けて!!」

カイが叫ぶと同時に、リサが背後から彼女の肩に手を置いた。黄金のプラズマが、激しいパルスとなってカイの全身を駆け巡る。

「全部持ってけ、カイ! あたしのこの、理屈抜きの『熱』をさぁ!!」

さらに、カイの視界にリアの透き通るような蒼い演算ログが重なる。

『――情報制圧、完了。彼の論理防壁ファイアウォールに、三千万の「ノイズ」をエンコードしました。……カイ、今です!』


――最終奥義『アンリミテッド・ノア・デバッグ』。

リサの物理破壊力を秘めた黄金、リアの情報制圧を司る蒼。その相反する二つのエネルギーを、カイが「不確定性パッチ」という名の触媒で一つに束ね、螺旋状の閃光へと変容させる。

「――おぉぉぉぉ!!」

カイが放った一撃は、ヴァルターの予測を完全に超越していた。 一対一なら「神」が勝つ。だが、三者の不協和音な連携が、ヴァルターの演算回路に未知のパラドックスを叩き込む。 幾何学的に完璧だった白銀の翼が、シアンと黄金の閃光に触れた端から、硝子細工のようにパキパキと音を立てて砕け散っていく。

『……有り得ない。私の、私の導き出した未来予測デバッグを……この未完成なゴミたちが……凌駕するというのか……!?』

神の瞳に、初めて「亀裂」が走った。

【神から「一人の男」へ】

 翼を失い、白銀の光を剥ぎ取られたヴァルターが、無残に床へと叩きつけられた。 その姿に、もはや「神」の威厳はない。 結晶化していた肉体は崩れ、再び黒いロングコートを纏った「一人の男」へと引きずり下ろされていた。

「なぜだ……! 全ては計算通りのはずだ。君たちの能力も、絆も、アストラルの再起動も、私の数式の中では完璧に定義されていたはずだ……っ!」

ヴァルターは乱れた前髪を掻き上げ、血の滲む唇を歪ませた。 余裕の笑みは消え失せ、剥き出しになったのは、醜悪なまでの人間的感情。 焦燥、苛立ち、そして何よりも深い、かつての同志への――カイの両親への歪んだ執着。

「……エヴァハーネル! 君たちは、死してなお、私を否定し続けるというのか! 私こそが君たちの遺したものを最も理解し、最も完璧に扱える存在だと、なぜ認めない!!」

その叫びは、救いようのない子供の駄駄だだのようだった。 彼は「完璧」を求めるあまり、自分を否定するあらゆる要素を「バグ」として排除してきた。だが、その排除したはずの「バグ(感情)」に今、自分の全人生を否定されようとしている。

「……あなたは、何も分かっていなかったのね。ヴァルター」

カイが、静かに歩み寄る。 手にした『EXE-Cutorエグゼ・キューター』の銃口からは、静かに、しかし力強いシアンの蒸気が立ち上っていた。

「パパとママが信じていたのは、完璧な数式じゃない。……予測できなくて、寄り道ばかりで、でも時々奇跡を起こす……この、不器用な『想い』だったのよ」

【最後の一撃:バグの肯定】

 ヴァルターは絶望に顔を歪め、最後の力を振り絞って白銀のパッチを生成しようとした。 だが、その指先は虚空を掴む。 既に、この世界のシステムそのものが、ヴァルターの「正解」を拒絶し始めていた。

「……終わりよ、ヴァルター。あなたの数式ワンダーランドは、ここでリブート(再起動)される」

――最終適用。

 カイは、ヴァルターがこれまで「排除すべきバグ」として忌み嫌ってきた自分の「心」そのものを、システム全体の『再起動リブートキー』へと変換した。 カイが抱えてきた「アワワ」という戸惑い、恐怖、そしてそれを乗り越えて繋がったリサやリアとの絆。 その、不確定で、非論理的で、最高に愛おしい「ノイズ」を、カイは最後の一撃として銃身に装填した。

「……さよなら、ヴァルター。計算できない想い(ノイズ)こそが、私たちの未来よ」

『――EXECUTE: UNCERTAINTY RESONANCE!!』

放たれたシアンの閃光が、ヴァルターの胸元――彼の「完璧なことわり」の核を、真っ向から貫いた。

「……ああ、そうか。……私は……」

貫かれた瞬間、ヴァルターの瞳に、一瞬だけ別の風景が映った。 十年前、暗い研究所。 背中合わせで作業をしていた、若き日の自分とカイの両親。 彼らが笑いながら差し出してきた、一杯の安っぽいコーヒー。 あの時、彼はその「不合理な暖かさ」をノイズだと断じ、背を向けてしまった。

(……君たちが、……羨ましかったのか。私は……)

最後に零れ落ちた本音は、白銀の粒子となって、演算室の風に溶けて消えた。

【終焉の静寂】

 轟音が止んだ。 狂ったようにFatal Errorを吐き出し続けていたモニター群も、一つ、また一つと機能を停止し、深い闇へと落ちていく。

崩壊しつつある演算室の中央。 舞い散る白銀の破片の中で、カイ、リサ、リアの三人だけが、互いの体温を確かめ合うように寄り添っていた。

「……ハァ、ハァ……。……倒した……のよね?」

リサが、黄金の熱量を失った腕でカイを支える。 リアのホログラムも、ノイズ混じりながら、安堵したように微笑んだ。

『……ヴァルターのバイタル信号、完全消滅を確認。……世界のオーバーライト、停止しました。……お疲れ様です、カイ』

カイは、ヴァルターが消えた虚空を、ただじっと見つめていた。 戦いは終わった。 自分を縛り付けていた、あの硝子越しの悪夢は、もうどこにもない。

「……これで、終わりね。ヴァルター」

カイの呟きは、崩れゆく回廊の壁に、静かに吸い込まれて消えた。 第一部を締めくくる、長い、長いデバッグが、今、完了した。


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