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沈黙のエンジニア(サイレント・エンジニア)は、四大元素の回路に、さよならを告げる。  作者: 霧ノシキ


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第23話:不変の柩、数理の執行者(エグゼ・キューター)


【① 柩の深部、アストラル・ノアの記憶】

『不変の柩』の最奥――そこは、世界の端を繋ぎ止めるための「特異点」だった。 回廊を抜けた先、カイたちの視界に飛び込んできたのは、無数の巨大なクリスタルが林立する、静謐で不気味な聖域。クリスタルの内部では複雑な幾何学模様の回路が明滅し、古の魔法的意匠と現代の量子演算が、原初のスープのように混ざり合っている。

「……何、ここ。綺麗なのに……空気が冷たい……」

カイの呟きが、高い天井に吸い込まれていく。そこは、失われた太古の叡智――**『Astral Noahアストラル・ノア』**の残滓が漂う場所。世界の「設計図」が保管された、この惑星で最も神聖で、最も非情なゆりかごだった。

【② 過去のログ:沈黙のエンジニア】

空間の中央に、ホログラムの記憶が揺らめいた。 それは10年前、カイの両親と共にこの柩を調査していた若き日のヴァルターの記録。

『――エヴァハーネル。その「子供」という不確定要素を演算室に近づけないでいただきたい』

記録の中のヴァルターは、今よりもさらに感情が希薄だった。彼は、隣で無邪気に笑う幼い姉妹に対し、嫌悪すら抱かない。ただ、精密な時計の歯車に紛れ込んだ「砂」を見るような、淡々とした冷徹さで彼女たちを定義していた。

『彼女たちは人間ではない。私の計算を乱す、予測不能な「変数」だ。……排除すべきです。システムの純度を保つために』

カイの両親が提唱する「家族という名の絆」を、彼は徹底した合理主義で切り捨てていた。彼にとって、世界を維持するための最適解は「数式による完全支配」であり、そこに愛や情動といったノイズが介在する余地は一ビットもなかったのだ。

【③ ヴァルターの介入】

「……不愉快な記録ログですね。ですが、事実に変わりはありません」

静寂を裂いて、その声は頭上から降ってきた。 空中にノイズが走り、バイザーで素顔を隠した長身の男――ヴァルターが、システムの投影アバターとして姿を現した。 彼は驚きもせず、憤りも見せない。ただ、全てが自らの書いたシナリオ通りに進行していることを楽しむような、底知れない余裕を纏っていた。

「ヴァルター……っ!」

「お久しぶりです、カイ。そしてリサ。……君たちがここまで辿り着いたことも、リアというバグが指揮を執り、トラウマを克服したことも……全ては私の数式における『統計的必然』に過ぎません」

リサが黄金の拳を握りしめるが、ヴァルターはバイザー越しに彼女を透かすように見つめる。

「君たちが『自由意志』と呼ぶその足掻きも、私にとってはただの確率論的な偏りに過ぎない。……今の世界は不完全です。情報の劣化、感情によるロス、そして死という不条理。……それら全てを解消するために、私は『Astral Noah』を復元し、現実と仮想を一つに融合ワールド・マージさせる」

「そんなの、誰も望んでないわ! みんなを数式の中に閉じ込めるつもりなの!?」

カイの叫びに、ヴァルターは微かに、憐れむように首を振った。

「望むか否かなど、些末な問題だ。……君たちの両親が遺したこの『魔法の起源』。それすらも、私がアストラル・ノアを完成させるための、最後の一片ピースとなる。……君たちの旅は、最初から最後まで、私の支配下にあったのですよ」

その言葉は、刃よりも深く彼女たちの心を抉った。 自らの力で切り拓いてきたと思っていた道が、実は巨大な数式の手のひらの上だったという宣告。

ヴァルターのバイザーが不気味な光を放ち、柩の全システムが彼の意思に従って唸りを上げる。

「さあ、始めましょう。……世界の再起動を。君たちの絶望さえも、新世界の『燃料』として計算に入れておきました」

絶対的な知性による支配。 圧倒的な格の差を見せつけるヴァルターの前に、三人の絆という名のバグが、今まさに消去されようとしていた。


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