第22話:境界の残響、あるいは灰の記憶
【① 絶望の鏡像:自己否定の戦い】
『不変の柩』の最深部。静止した時間の中で、空間がノイズと共に反転した。 目の前に現れたのは、彼女たちが最も恐れていた「あり得たかもしれない自分」の姿――最悪のIFだった。
「……何、これ。私が……モノクロになってる……?」
カイの前に立つのは、『Mode: ALICE - Null(零)』。 色彩を失った黒髪とドレス、そして瞳。それは感情という名のバグを完全にデリートされ、数理の奴隷と化した「完璧な管理者」のなれの果て。 『Null』は一切の迷いがない冷徹な声で、カイの存在を否定する。
『カイ・エヴァハーネル。心という脆弱な演算エラーを抱えたまま、何を救うつもりですか。沈黙こそが最適解であり、虚無こそが唯一の正論。君は、不完全なゴミです』
一方、リサの前には、焼け焦げた異形が立ち塞がっていた。 雷へと昇華できず、自身の制御不能な火によって炭化しかけた魔人――『灰塵の熱源』。
『……あつい。リサ……、お前も……灰になるんだよ。救いなんて……ない。火に焼かれ……独りで死ぬのが……俺たちの、本質だ……!』
「やめて……。私は、もう……っ!」
リサは襲いくる強烈な熱波に顔を覆った。それは過去、組織で味わった「救われなかった自分」の記憶そのもの。 周囲には、かつて彼女たちを部品として扱った科学者たちの幻影が、嘲笑と共に囁きかける。
『君たちは失敗作だ。バグだらけの虚飾を脱ぎ捨て、元の「部品」と「ゴミ(スクラップ)」に戻りたまえ』
カイの論理回路がエラーを吐き、リサの黄金の雷が絶望の熱に押し潰される。 膝をつき、戦意を喪失した二人の頭上に、死のパッチが振り下ろされようとした、その時。
【② 指揮官・リアの介入】
――『演算停止!! 膝をつくんじゃないわ、この大馬鹿者たちが!!』
通信回線に叩きつけられたのは、いつもの丁寧なナビゲーションではない。 冷徹な断定と、家族としての剥き出しの怒り。 驚愕に目を見開く二人の網膜に、リアのホログラムが強烈な発光と共に割り込んだ。その姿は、今や迷える二人を導く**『指揮官』**へと覚醒していた。
「リア……様……?」
「『様』なんて不要よ、リサ! いい、二人とも私の分析を聴きなさい。……奴らは鏡像に過ぎない。あなたのバグを逆手に取っているだけよ!」
リアの声が、氷のような明晰さで絶望を切り裂く。
「リサ! その『灰塵』が放つ熱に怯えないで。熱力学の法則を逆転させなさい! その熱は敵じゃない。あなたのプラズマを加速させるための**『高エントロピー燃料』**よ! 右手のガントレットを反転吸収モードに固定! 全ての熱を、黄金の雷の糧にしなさい!」
「……っ、熱を……燃料に……!?」
リサが顔を上げる。リアの言葉が、恐怖を「戦術」へと書き換えていく。
「そしてカイ! 奴の『正論』を数式で跳ね返そうなんて思わないこと! 奴の論理回路が予測できない唯一の変数を叩き込みなさい。……あなたの不完全な感情、その最強の不合理を、**『パラドックス・ノイズ』**として全パッチコードにエンコードしてブチ込みなさい! 奴の思考をオーバーフローさせるのよ!!」
【③ 同時執行】
「……分かったわ、リア。……いえ、お姉ちゃん(司令官)!」
カイが『EXE-Cutor』を構え直す。 銃身に展開されるのは、緻密な数式ではない。支離滅裂で、愛おしく、ドジで優しい感情の波形。 カイは『Null』の完璧な理論の隙間に、自身の「アワワ」という魂の叫びをパッチコードとして射出した。
「喰らいなさい! これが私の……デタラメな真実よ!!」
**『PARADOX-NOISE: AWAWA-CODE』**が『Null』に命中し、完璧だったモノクロの論理が、処理落ちを起こしてひび割れる。
「――全熱量、臨界突破!!」
リサが叫ぶ。わずか148cmの小柄な身体が、周囲の『灰塵』の熱を全て吸い込み、巨大な黄金の太陽へと変貌した。 リサは自らを焼く熱を、最強の推進力へと変換する。
「……私の熱は、あんたを焼くためじゃない。……未来を照らすための光なんだ!!」
黄金の閃光と、カオスを孕んだパッチコードの嵐。 理屈を超えた姉妹のコンビネーションが、絶望の鏡像を内側から爆破し、粉々に粉砕した。
【④ 結末:柩の深淵へ】
ノイズが晴れ、静寂が戻った。 そこにはもう、『Null』も『灰塵』も、嘲笑う科学者の幻影もいない。 ただ、肩で息をするカイとリサ、そして二人を見守るリアの誇らしげなホログラムだけがあった。
「……ふふ。お見事でした、二人とも。……私の『バグ』に基づいた戦術、理解できましたか?」
リアが少しだけ、いつものお姉さんぶった口調に戻る。 三人の絆は今、ただの「保護対象とナビゲーター」ではなく、**『前衛と指揮官』**という、切っても切れない一つのシステムとして完成していた。
「……ありがとう、リア。あなたがいないと、私、今頃消えてたわ」
「私も。……あんたの声、最高にシビれたよ」
二人が微笑み合い、柩のさらに奥へと歩みを進める。 その突き当たり、次元の狭間が揺らめく場所。 そこには、自分たちの帰りを待つように、優しく微笑む**「両親のホログラム」**が、淡い光を放って佇んでいた。
「……パパ、ママ……?」
カイの震える声が、深淵に響く。 第23話。失われた記憶の全容と、世界の崩壊を止める真の鍵が、今まさに語られようとしていた。




