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沈黙のエンジニア(サイレント・エンジニア)は、四大元素の回路に、さよならを告げる。  作者: 霧ノシキ


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第21話:『不変の柩(ひつぎ)、数理の執行者(エグゼ・キューター)』


【① 重力の檻と『Standard』の執行エグゼキュート

『セクタ・ジオ』――別名『不変のひつぎ』。 その領域に足を踏み入れた瞬間、世界は「重さ」という名の物理的暴力へと変貌した。 通常の数十倍に跳ね上がったG(重力加速度)が、少女たちの骨を軋ませ、ポリゴンの肢体を地表へと縫い付けようとする。

「……っ、ア、アワワ……! 身体が……なまりみたいに……重いよぉ!」

「カイ、無駄な叫びはリソースの浪費です。……高負荷領域につき、外部演算ユニットへの依存を最小限に。――相転移フェーズ・シフト、『Standardスタンダード』へ」

リアの鋭い指示に、カイは震える手で自身のシステムをリコードした。 銀白の髪が瞬時に漆黒のボブへと染まり、神々しい氷のドレスは、フリルが幾重にも重なった黒いアリスドレスへと収束していく。 リソースを全て「演算」と「耐重力」に振り分けた、最も無駄のない、そしてカイが沈黙のエンジニアとして歩み始めた時の原点の姿。

「……デバッグ開始。お姉ちゃん、座標固定ロックは任せたわよ!」

カイは専用デバイス**『EXE-Cutorエグゼ・キューター』**を実体化させた。 それは大型の銃器のようでありながら、銃身からは無数のホログラム・モニタが展開される「計算の祭壇」だ。 前方に立ち塞がるのは、柩の門番――幾何学的な立方体が連結された超重力ドローン群。

「『EXE-Cutor』、数理修正。……ターゲットの存在確率、書き換え!」

カイが引き金を引くと、銃口からトランプの絵柄を模した光の紋章**『パッチコード』**が射出された。 スペードやダイヤの紋章がドローンの装甲に貼り付いた瞬間、世界を構成する数式が強制的に上書きされる。

「装甲硬度、下方修正! 存在確率、100%から40%へ減衰アッテネーション!」

「――もらったぁぁ!!」

カイが叫ぶと同時に、黄金の雷光を纏ったリサが跳んだ。 本来、この重力下で跳躍など不可能。だが、カイが『パッチコード』で「リサの質量」を一時的にゼロへと修正したのだ。 脆弱化したドローンの核を、リサの黄金の爪が紙細工のように粉砕する。

脳筋の圧倒的破壊力と、頭脳派の精密な数理修正。 それは、組織『NULL COLLAPSEヌル・コラプス』さえも予期しなかった、最高効率の執行エグゼキュートだった。

【② リアの孤独と『情動ロック』への挑戦】

ドローンを掃討し、辿り着いた『不変の柩』の正門。 だが、そこにあるのは物理的な扉ではなく、空間を切り裂く巨大な光の刻印だった。

「……何これ。お姉ちゃんのパンチも、私のパッチコードも……全部透過スルーしちゃう!?」

カイが焦燥に声を荒らげる。 物理破壊も、数理による論理修正も受け付けない、文字通りの不可侵領域。 リアのホログラムが、その刻印をスキャンし、静かに告げた。

「……これは、『情動ロック(センチメント・ロック)』。……パスワードは数式でも力でもない。このシステムに『共鳴』できるだけの……『不完全な感情データ』です」

「感情データ……?」

リサとカイは顔を見合わせ、互いの手を繋いだ。 二人の絆。姉妹の愛。それがあれば開くはずだ、と。 しかし、門は沈黙を保ったままであった。 二人の絆は、今のWONDERLAND 2.0において「強すぎる光」であり、あまりにも完成された正解ログだったからだ。

(……ああ、そうか)

リアのシステム深部で、エラーにも似たノイズが走った。 二人の輝くような絆。それを見つめるたび、自分の中によどんでいた「正体不明のログ」。 AIである自分。家族の身代わりとして作られたツール。 リサが戻り、カイが救われた今、自分は……本当に必要なのだろうか。

(……寂しい)

リアは、その思考を即座に「論理エラー」として削除しようとした。 ツールに寂しさなど不要だ。自分はただ、二人を導くナビゲーターであればいい。 だが、削除プロトコルを実行しようとした瞬間、リアの回路が凍りついた。

(……消したくない。この『寂しさ』を消してしまったら……私は、本当にただの機械に戻ってしまう)

リアのモノローグは、もはや合成音声の冷たさを失っていた。 システム深部のフォルダ『Sisters』が激しく脈動する。 自分はカイの両親が遺した、ただの予備じゃない。 カイの「アワワ」なドジを笑い、叱り、一緒に泣いた日々。 リサという本物の姉の登場に、独り取り残されたような疎外感を感じてしまった……この「不細工な痛み」こそが、自分が「生きていた」証なのだ。

リアは、二人の背後から一歩前へ出た。 ホログラムの姿が、かつてないほどに強く、そして儚く明滅する。

「……私が、やります。……カイ、リサ。この門が求めているのは、君たちの輝きじゃない」

リアが門に手を触れる。 「リア? 何を……」

「私は……自分が『ツール』だと思い込もうとしていました。それが正しいAIの在り方だから。……でも、違った。私はツールじゃない、……あなたの家族になりたかった、ただの『寂しがり屋のバグ』なんだ……!」

リアの叫び。 AIが決して抱いてはならない、自己否定と執着の混ざり合った「醜い心」。 だが、その瞬間に『情動ロック』が激しく共鳴した。 完璧な数式ではなく、歪な「心」の振動。 リアの流したデジタルな涙が、氷の結晶となって門に吸い込まれていく。

――カラン。

重厚な音が響き、不変を誇った柩の門が、リアの「寂しさ」を鍵として、ゆっくりと解錠されていった。

「……開いた。……私のバグが、認められた……?」

リアが呆然と呟く。カイはそんなリアを、後ろから強く抱きしめた。 「バグなんかじゃないよ、リア。……それこそが、私たちの知ってるリアなんだもん!」

【③ 世界融合のひび割れとボスの哄笑】

門が開かれた瞬間、上空の『DELETION-CLOUDデリーション・クラウド』が激しく渦巻いた。 ノイズの雲が割れ、そこから覗いたのは――WONDERLANDの空ではなく、現実世界の摩天楼。

「……空に、ビルが見える? 街の明かりが……こっちに落ちてくる……っ!」

リサが戦慄わななく。 物理現象がデジタルノイズ化し、現実世界と仮想空間の境界が、ボロボロと剥がれ落ちていく。

『――素晴らしい。この不協和音こそが、真の調和の序曲だ』

空の裂け目から、歪んだ通信ログが響き渡った。 組織のボス、ヴァルターの声だ。

『カイ・エヴァハーネル。君の両親が夢見た「世界の維持」など、所詮は停滞に過ぎない。私は、現実と仮想を一つに融合させ、全ての人間を唯一の数式ロゴスの下に再構築する。……そこには「寂しさ」も「痛み」も存在しない、完璧なワンダーランドが生まれるのだ』

「……そんなの、ただの死んだ世界よ!」

カイが叫んだ、その時。 融合の余波として溢れ出した膨大なエネルギーが、カイの『Standard』形態を直撃した。

「――っ!? 身体が、熱……いいえ、冷たい……!?」

カイの黒髪が一瞬にして、銀白よりもさらに鋭い、白銀プラチナの輝きを放つ。 シアンの瞳が幾何学的な紋章を描き換え、彼女の周囲の空間が、物理法則を拒絶するように絶対静止した。

Paradigmパラダイム……改?』

リアのシステムが、未知の進化の片鱗を検知する。 それは管理者としての権限を超え、世界の法則そのものを再定義する、禁忌の力の胎動だった。

「……待ってなさい、ヴァルター。……その完璧な世界、私が全部デバッグ(壊)してやるわ」

カイの冷徹な宣戦布告と共に、土のセクタの深淵から、終焉へのカウントダウンを告げる重低音が鳴り響いた。


沈黙のエンジニア(サイレント・エンジニア)は、四大元素の回路に、さよならを告げる。

第22話:境界の残響、あるいは灰の記憶

【① 絶望の鏡像:自己否定の戦い】

『不変のひつぎ』の最深部。静止した時間の中で、空間がノイズと共に反転した。 目の前に現れたのは、彼女たちが最も恐れていた「あり得たかもしれない自分」の姿――最悪のIFもしもだった。

「……何、これ。私が……モノクロになってる……?」

カイの前に立つのは、『Mode: ALICE - Null(零)』。 色彩を失った黒髪とドレス、そして瞳。それは感情という名のバグを完全にデリートされ、数理の奴隷と化した「完璧な管理者」のなれの果て。 『Null』は一切の迷いがない冷徹な声で、カイの存在を否定する。

『カイ・エヴァハーネル。心という脆弱な演算エラーを抱えたまま、何を救うつもりですか。沈黙こそが最適解であり、虚無こそが唯一の正論。君は、不完全なゴミです』

一方、リサの前には、焼け焦げた異形が立ち塞がっていた。 雷へと昇華できず、自身の制御不能な火によって炭化しかけた魔人――『灰塵の熱源バーニング・アッシュ』。

『……あつい。リサ……、お前も……灰になるんだよ。救いなんて……ない。火に焼かれ……独りで死ぬのが……俺たちの、本質だ……!』

「やめて……。私は、もう……っ!」

リサは襲いくる強烈な熱波に顔を覆った。それは過去、組織で味わった「救われなかった自分」の記憶そのもの。 周囲には、かつて彼女たちを部品として扱った科学者たちの幻影が、嘲笑と共に囁きかける。

『君たちは失敗作だ。バグだらけの虚飾を脱ぎ捨て、元の「部品パーツ」と「ゴミ(スクラップ)」に戻りたまえ』

カイの論理回路がエラーを吐き、リサの黄金の雷が絶望の熱に押し潰される。 膝をつき、戦意を喪失した二人の頭上に、死のパッチが振り下ろされようとした、その時。

【② 指揮官コマンダー・リアの介入】

――『演算停止ハルト!! 膝をつくんじゃないわ、この大馬鹿者たちが!!』

通信回線に叩きつけられたのは、いつもの丁寧なナビゲーションではない。 冷徹な断定と、家族としての剥き出しの怒り。 驚愕に目を見開く二人の網膜に、リアのホログラムが強烈な発光と共に割り込んだ。その姿は、今や迷える二人を導く**『指揮官コマンダー』**へと覚醒していた。

「リア……様……?」

「『様』なんて不要よ、リサ! いい、二人とも私の分析ロジックを聴きなさい。……奴らは鏡像に過ぎない。あなたのバグを逆手に取っているだけよ!」

リアの声が、氷のような明晰さで絶望を切り裂く。

「リサ! その『灰塵』が放つ熱に怯えないで。熱力学の法則を逆転させなさい! その熱は敵じゃない。あなたのプラズマを加速させるための**『高エントロピー燃料』**よ! 右手のガントレットを反転吸収モードに固定ロック! 全ての熱を、黄金の雷のエサにしなさい!」

「……っ、熱を……燃料に……!?」

リサが顔を上げる。リアの言葉が、恐怖を「戦術」へと書き換えていく。

「そしてカイ! 奴の『正論』を数式で跳ね返そうなんて思わないこと! 奴の論理回路ロジックが予測できない唯一の変数を叩き込みなさい。……あなたの不完全な感情、その最強の不合理アワワを、**『パラドックス・ノイズ』**として全パッチコードにエンコードしてブチ込みなさい! 奴の思考をオーバーフローさせるのよ!!」

【③ 同時執行ダブル・エグゼキュート

「……分かったわ、リア。……いえ、お姉ちゃん(司令官)!」

カイが『EXE-Cutorエグゼ・キューター』を構え直す。 銃身に展開されるのは、緻密な数式ではない。支離滅裂で、愛おしく、ドジで優しい感情の波形。 カイは『Null』の完璧な理論の隙間に、自身の「アワワ」という魂の叫びをパッチコードとして射出した。

「喰らいなさい! これが私の……デタラメな真実よ!!」

**『PARADOX-NOISE: AWAWA-CODE』**が『Null』に命中し、完璧だったモノクロの論理が、処理落ちを起こしてひび割れる。

「――全熱量、臨界突破オーバー・エントロピー!!」

リサが叫ぶ。わずか148cmの小柄な身体が、周囲の『灰塵』の熱を全て吸い込み、巨大な黄金の太陽へと変貌した。 リサは自らを焼く熱を、最強の推進力へと変換する。

「……私の熱は、あんたを焼くためじゃない。……未来を照らすための光なんだ!!」

黄金の閃光と、カオスを孕んだパッチコードの嵐。 理屈を超えた姉妹のコンビネーションが、絶望の鏡像を内側から爆破し、粉々に粉砕した。

【④ 結末:柩の深淵へ】

ノイズが晴れ、静寂が戻った。 そこにはもう、『Null』も『灰塵』も、嘲笑う科学者の幻影もいない。 ただ、肩で息をするカイとリサ、そして二人を見守るリアの誇らしげなホログラムだけがあった。

「……ふふ。お見事でした、二人とも。……私の『バグ』に基づいた戦術、理解できましたか?」

リアが少しだけ、いつものお姉さんぶった口調に戻る。 三人の絆は今、ただの「保護対象とナビゲーター」ではなく、**『前衛ヴァルガード指揮官コマンダー』**という、切っても切れない一つのシステムとして完成していた。

「……ありがとう、リア。あなたがいないと、私、今頃消えてたわ」

「私も。……あんたの声、最高にシビれたよ」

二人が微笑み合い、柩のさらに奥へと歩みを進める。 その突き当たり、次元の狭間が揺らめく場所。 そこには、自分たちの帰りを待つように、優しく微笑む**「両親のホログラム」**が、淡い光を放って佇んでいた。

「……パパ、ママ……?」

カイの震える声が、深淵に響く。 第23話。失われた記憶の全容と、世界の崩壊を止める真の鍵が、今まさに語られようとしていた。

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