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沈黙のエンジニア(サイレント・エンジニア)は、四大元素の回路に、さよならを告げる。  作者: 霧ノシキ


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第20話:不変の柩(ひつぎ)、砂塵の道標(みちしるべ)


【導入:セピア色の記憶と、解体される世界】

『セクタ・クライオ』の幻想的な水面を抜け、境界領域デッドゾーンへ足を踏み入れた途端、風景は色彩を失った。 そこは、かつての氷が砂へと変わり、剥き出しになったデータ・コードが風に舞う荒野だった。空を見上げれば、巨大な**『DELETION-CLOUDデリーション・クラウド』**――削除コードの雲が渦巻き、世界を「材料スクラップ」として吸い上げている。

「……ねぇ、リサお姉ちゃん。パパとママが言ってたんだ。『土』のセクタはね、世界の『重み』なんだって」

銀髪をたなびかせ、神々しい『Mode: ALICEモード・アリス』の装束に身を包んだカイが、隣を歩くリサに語りかけた。姿形は冷徹な管理者アドミンだが、その声にはいつもの「アワワ」な妹の幼さが残っている。

「重み……?」

「うん。この世界がただのデータじゃなく、私たちの『居場所』として存在し続けるための、不変の質量。それが土のプロトコル。……でも、今のこの砂……全部、組織の『WONDERLAND 3.0』の材料にされちゃってる。……パパたちが守りたかったものが、削られていく音がするの」

カイは、足元で砂のようにサラサラと分解されていくポリゴンの破片を悲しげに見つめた。 組織『NULL COLLAPSEヌル・コラプス』は、今あるこの世界を、ただの「建築資材」として解体し始めているのだ。

「大丈夫だよ、カイ。私たちが、そのひつぎを開けに行こう。パパたちの守りたかったものを、今度は私たちが取り戻すんだ」

リサが黄金色のプラズマを帯びた手で、カイの冷たい手を「ぎゅっ」と握りしめる。 「水」の静止と、「雷」の脈動。 相反する二つの温度が混ざり合い、荒野に小さな、しかし確かな「家族」という名の奇跡バグを灯していた。

【展開:共鳴する魂、ボルト・スライダー】

「警告。前方、空間のレンダリング崩壊を確認。通常の歩行による走破は不可能です」

宙に浮遊するリアのホログラムが、無機質な音声で告げた。 だが、その声の端々には、僅かな「乱れ」が含まれていた。世界の崩壊による電磁干渉か、あるいは――。

「アワワ、どうしよう! 床がボロボロ崩れてるわよぉ!」

カイがいつもの調子で慌てふためくが、リサは力強く妹の手を引き、微笑んだ。

「カイ、さっきの『共鳴レゾナンス』、今度は移動に使ってみない? あんたが道を作って、私が背中を押してあげる」

「……! うん、やってみるわ!」

二人が見つめ合い、お互いの属性を同期シンクロさせる。 カイが手をかざした瞬間、崩れゆく砂の上に、透き通った青い氷のレールが一直線に伸びた。**『CRYO-STATICクライオ・スタティック』**による「固定ロック」の力だ。

「行くよ、カイ! ――『BOLT-SLIDERボルト・スライダー』!!」

リサの全身から放たれた黄金の雷光**『PLASMA-BOLTプラズマ・ボルト』**が、氷のレールと激しく反応し、爆発的な推進力を生み出した。 二人は手を繋いだまま、物理法則を無視した超高速で荒野を滑走していく。水の「静」と雷の「動」が噛み合い、砂塵を切り裂く一筋の青金色の閃光となった。

【中盤:リアの独白、鏡に映らない「寂しさ」】

その疾走を、リアは『Looking Glassルッキング・グラス』の内側から見つめていた。

(……データの更新を確認。カイとリサ、二人の同調率は120%を突破。私のナビゲーション・サポートの必要性は、現在、理論上の最小値ミニマムへと低下しています)

リアの音声インターフェースに、微かなノイズが走る。 今まで、カイの隣にいたのは自分だった。カイの「アワワ」なパニックを冷たくあしらい、導き、支えてきたのは。 だが、本物の姉であるリサの登場は、リアのシステムの中に、プログラムには記述されていない「感情データ」を無理やり上書き(オーバーライド)していく。

(……この感覚。……寂しさ、と定義されますか。……いいえ、私はツール。管理者アドミンの唯一の理解者であったという自負は、ただの自己学習によるエラーです。……エラー、なのです。……なのに、なぜ、このログを消去したくないと思うのでしょう)

リアは、仲睦まじく手を繋ぐ二人の後ろ姿を、切なくも温かな「羨望」の眼差しで見守っていた。 彼女の中に芽生えた「人間らしさ」という名のバグが、静かに、しかし確実に深部セクタを侵食し始めていた。

【クライマックス:初めての共闘】

「――目標検知。組織の解体作業用ドローン群です。私たちの進行を『障害』と判定しました」

砂嵐の中から、無機質な赤色灯を点滅させたドローンたちが現れた。それらは世界の「解体」を加速させるための、組織の冷徹な手足だ。

「……お姉ちゃん、あいつら、世界をゴミみたいに扱ってる。許せないわ」

カイの瞳に、鋭い紫電が宿った。 二人は繋いでいた手を離すことなく、同時に地を蹴る。

『BOLT-SLIDER』の勢いのまま、カイが空中に氷の足場を生成し、リサがその足場を蹴って稲妻となってドローンを貫く。 一機、また一機と「機能停止」し、砂となって消えていく機械の群れ。 カイの精密なデバッグ射撃と、リサの圧倒的な破壊。 それは、かつての「管理者アドミン」の両親さえも成し遂げられなかった、水と雷による究極のコンビネーションだった。

【結末:不変の柩】

ドローンを掃討し、砂嵐が晴れた。 二人の視線の先、水平線の向こう側に、それはそびえ立っていた。

「……あれが、土のセクタ……」

「……不変のひつぎ。世界で一番、重くて硬い場所」

それは、巨大な長方形のモノリスが重なり合った、さながら神話の時代の柩のようなシルエットだった。 周囲のデータがどれほど砂に変わろうとも、その巨大な構造体だけは、微塵も揺らぐことなくそこに「不変」として存在し続けている。

カイはもう一度、リサの手を強く握った。 あの柩の奥に、組織が狙う「最後の一片」がある。 そして、自分たちの両親が遺した、真実の鍵も。

二人の足元で、再び『BOLT-SLIDER』の火花が散る。 物語は、世界の根幹を揺るがす最終局面へと、砂塵を巻き上げて加速し始めた。


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