第18話:絶対零度の再起動(Thunderbolt Reboot)
物理的な『セクタ・クライオ』。そこはもはや、生命の存在を許さない「静止した死」の世界だった。 セクタの最深部、水晶の床に座り込んだまま、カイは一歩も動かずにいた。
『CRYO-STATIC』。 そのパックを適用したカイの身体は、宝石のように美しく、そして完璧に「凍結」していた。感情をフリーズさせた結果の『100%解放版』。 銀白の髪。透き通るようなシアンの瞳。 しかし、その瞳に光はない。彼女の心臓は、リサを救うための演算に全リソースを投じた末、絶対零度の静寂の中に沈黙していた。
(……カイ……、カイ……!)
その静寂を、黄金の雷鳴が引き裂いた。
「カイ!!」
リサが水の底へと着地する。彼女を拒絶しようとする絶対零度の冷気に対し、リサは覚醒した雷のバリアで応戦した。青い冷気と黄金のプラズマが衝突し、周囲の水晶がバチバチと火花を散らして爆ぜる。
「……そんな。身体だけじゃなくて、心まで凍っちゃってる……っ」
リサは震える手で、カイの冷たい頬に触れた。指先から凍りつきそうなほどの冷気。 かつてカイが自分を「お姉ちゃん」と呼び、パニックになりながらも守ろうとしてくれた、あの温かな「ゆらぎ」がどこにもない。
「……今度は、私が助ける番。起きて、カイ!! 私たちのログは、まだ終わってないんだから!」
リサは覚悟を決め、カイの凍りついた胸元――心臓の直上にあるメインデバイスへと両手を置いた。
「解凍――『PLASMA-BOLT』!!」
リサが自身の全演算能力、全生命力を、雷のパルスへと変換する。 それは、凍りついたシステムを強引に揺さぶり、心停止した魂に再びリズムを刻ませるための、決死の除細動。
――ドォォォォン!!
黄金の雷が、カイの透明な氷のドレスを透過し、その神経系、その魂の核へと真っ直ぐに駆け巡った。 絶対零度の闇の中に、無理やり「鼓動」が打ち込まれる。
パキ……パキパキッ。
カイの周囲に散らばっていた、彼女が吐き出した「アワワ」という口癖の氷の結晶。 それがリサの雷が放つ高次元の熱量によって、一つ、また一つと解け始めた。
「……あ、……ぁ……」
カイのシアンの瞳に、微かな、しかし確かな「光」が戻った。 凍りついていた時計の針が、黄金の衝撃を受けて再び動き出す。
「……カ、イ……?」
リサが恐る恐る名を呼ぶ。 銀髪のままで、宝石のような冷徹な姿(100%解放形態)を維持したまま――。 カイはリサの腕の中で、小さく、小刻みに震えた。 そして、その潤んだ瞳をリサに向け、第一声でこう漏らした。
「……ア、アワワ……。お、お姉ちゃん……。……死ぬかと思ったわよぉ……っ!」
最強の管理者の姿でありながら、その言葉は、いつもの情けない、しかし何よりも愛おしいドジっ子のカイのものだった。
「……バカ。……本当に、バカなんだから、あんたは」
リサはカイを強く、折れんばかりに抱きしめた。 絶対零度の身体と、黄金の雷を纏った身体。 二人の対極にあるエネルギーが共鳴し、水のセクタに初めて、温かな涙の雫が落ちた。
管理者としての最強の力と、リサが取り戻してくれた人間性の心。 二つが融合した真の『Mode: ALICE』が、今、静かに再起動を完了した。




