第17話:焦燥の残響、黄金の稲妻
組織『NULL COLLAPSE』の最深部。そこにあるのは、無機質な冷却材の匂いと、機械的な排気音、そして一人の少女が吐き出す絶望の熱量だった。
「……あ、つ……い。身体が……溶ける……っ!」
調整槽の中で、リサの肢体は激しく震えていた。 背中に直結された数多のケーブルから、人造パッチ『Burn-Out』が吐き出す歪なエネルギーが無理やり流し込まれる。それは彼女を「火」の属性へと固定するための暴力的な改竄。
(嫌だ……、もう焼かれたくない。私は……カイを、あの子を助けに行かなきゃいけないのに……!)
熱に浮かされる意識の中、リサは自分の存在を呪っていた。なぜ自分はこんなにも不完全なのか。なぜ自分の中にある「火」は、敵を焼く前に自分を焼き切ろうとするのか。 その時、混濁した意識の深淵で、いつか聞いた冷徹な声が「福音」のようにリフレインした。
『リサ。あなたが自分を「熱源」だと思い込んでいるうちは、その苦痛は消えません。情報の摩擦熱で焼かれるのが、あなたの本質ではないはずですよ』
氷華のセレナ。あの冷酷なアーキテクトが残した言葉が、今、リサの全回路を貫く。
「……そうか。熱が出るのは……『抵抗』があるからだ。私は……燃えるための薪なんかじゃない」
リサは、自分の内側にある灼熱を「拒絶」するのをやめた。代わりに、それを情報の奔流として、一切の抵抗なく回路を滑り抜けるエネルギーへと変換していく。
火(Thermal)から、雷(Plasma)へ。 無駄な摩擦熱を生んでいた「面」の破壊から、抵抗ゼロで突き抜ける「線」の加速へ。
「――加速しろ。私の、全てのログ……っ!!」
ドォォォォォン!!
調整槽が内側から爆ぜた。 溢れ出したのは、紅蓮の炎ではない。空間を歪めるほどの超高電圧を帯びた、黄金の稲妻。 煙の中から現れたリサの姿は一変していた。赤ピンクだった髪は、プラズマを纏って**黄金色**へと激変し、その瞳には情報の奔流を捉えるための鋭い輝きが宿っている。
「……これが、私の本当の……力」
リサは瓦礫を蹴り、出口へと向かう。だが、その前に絶対的な「静止」のオーラが立ちはだかった。
銀髪を完璧に整えた、氷華のセレナ。 彼女は、黄金の光に包まれたリサを、眼鏡の奥のアイスブルーの瞳でじっと見つめていた。
「セレナ様……。そこを、退いて。私は……カイのところへ行かなきゃいけないの!」
リサの手元で、雷の粒子が牙を剥く。だがセレナは動じない。彼女は無機質な表情のまま、リサの全身から溢れる出力をスキャンし、微かに唇を動かした。
「……期待以上のパフォーマンス(出力)ですね。人造の火を脱ぎ捨て、真の適性に辿り着いたか」
セレナは、戦う素振りさえ見せなかった。彼女はゆっくりと横へ退き、リサに道を譲った。
「行きなさい、スペア。その『雷』で、凍りついた彼女の時計を動かしてみせなさい。……あなたのその輝きが、世界にどんなバグ(変化)をもたらすか、ログに残す価値がありそうだ」
「……っ、ありがとう……」
リサは迷わず駆け抜けた。黄金の雷光となった彼女は、組織の壁を光速で透過し、空を切り裂く一筋の稲妻となって、カイの待つ『水のセクタ』へと跳んだ。




