第16話:絶対零度の断罪(Cost & Trauma)
「……邪魔です。フリーズしなさい」
覚醒したカイの声には、抑揚も熱もなかった。巨神『ZERO-VOID』が振り下ろした氷の拳を、彼女は『氷哭のレイピア』一閃で霧散させる。だが、その瞬間。
【警告:自己同一性整合性低下。現在値:88%】
カイの視界の端に、ノイズが走った。 「……演算コストの支払いを確認。問題ありません。続行します」 彼女が力を使うたびに、銀色の髪はさらに透明度を増し、その存在自体が「背景」へと溶け出していく。世界を救うために自分自身の「存在感」という隙間を冷気で埋めていく代償を彼女は受け入れていた 。
カイの意識は、リサの深層心理世界**『スノーホワイト・ノイズ』**へとダイブする。 そこには、先ほどまでの「黒い影」ではない、おぞましい姿の怪物が待ち構えていた。
それは、無数の「型番」が刻印されたリサのクローンたちの手足が絡み合い、頭部には組織の科学者たちがリサに投げかけた罵倒の言葉――「欠陥品」「ゴミ」「やり直し」――が真っ赤なエラーログとなって明滅する、**『拒絶の偶像』**だった。
「……いたい、よ。……ごめんなさい、いい子にするから……っ」 怪物の足元で震える幼いリサ(ミナ)。怪物が振り上げる腕は、かつてリサを暗い部屋に閉じ込めた「鉄格子の扉」の形に変形していく。
「お姉ちゃん……。その言葉は、もう貴方を縛るものではありません」
カイが地を蹴る。だが、怪物の放つ「否定の波動」がカイのドレスを侵食し、彼女の感覚を直接「初期化」しようと襲いかかる。 「あ、が……っ。……指の、感覚が、消え……」 【アイデンティティ・インテグリティ:62%】 力が強すぎるゆえに、世界との境界線が凍りつき、剥がれ落ちていく。それでも、カイは止まらない。
「私は、貴方の『お姉ちゃん』。……その事実だけは、絶対にフォーマットさせない!」
カイは自身のデータをあえて暴走させ、絶対零度の冷気をレイピアに集中させた。
――閃光。
レイピアが『拒絶の偶像』の核、すなわち「FAIL(不合格)」と刻印されたリサの心臓部を貫いた。 怪物は叫び声を上げることも許されず、リサの悲しい記憶ごと、美しい氷の彫像へと固定された。
「……リブート、完了。……おかえりなさい、お姉ちゃん」
リサを抱きしめるカイの腕は、もはや半分以上が透き通っており、抱きしめる感触すら消えかけていた。それでも、彼女の瞳に宿るシアンブルーの光だけは、かつてないほど強く、リサを照らしていた。




