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沈黙のエンジニア(サイレント・エンジニア)は、四大元素の回路に、さよならを告げる。  作者: 霧ノシキ


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第15話:凍れる揺り籠、目覚める鏡


「アワワ……! ちょっと待って、待ってってば! なんでパックを手にした瞬間に、床が全部槍になって襲ってくるのよぉ!」

水のセクタ『セクタ・クライオ』。 『CRYO-STATICクライオ・スタティック』を奪取したその瞬間、この静寂の図書館は、侵入者を一欠片の細胞すら残さず凍結させる「絶対零度の牢獄」へと変貌した。

カイは AERO-FLOWエアロ・フロウ を強引に噴射させ、迫りくる水晶の槍を紙一重で回避する。だが、セクタ全体を支配する超低温が、彼女の演算速度を奪い、指先から感覚を奪っていく。

「カイ、後方! ガーディアン、コード:**『ZERO-VOIDゼロ・ヴォイド』**が出現。物理干渉は無意味です。奴は君の『時間クロック』を直接凍結させる!」

リアの警告と共に、虚空から巨大な氷の巨神が姿を現した。それは攻撃を放つのではない。その存在自体が「絶対的な静止」を周囲に強制し、カイの移動軌道を、思考の速度を、物理法則ごと泥沼のように重くしていく。

「あわ、わ……足が、動かない……っ。冷たい、怖いよぉ……リア、助けて……!」

カイは震えながら、氷の巨神の影に怯え、地面を這うようにして逃げ惑う。 エリートの誇りも、管理者の意地も、極限の恐怖と冷気の前では無力だった。

だが、その時。 カイの視界に、組織本部からの真っ赤な絶望が突き刺さった。

【緊急:識別体:MINAミナ――完全初期化フォーマット開始まで、残り300秒】

「……っ!?」

リサの意識が消える。彼女の記憶、痛み、そしてカイを「お姉ちゃん」と呼んだ、あの微かな温もりさえも。 今から組織へ物理的に向かうのは、どう計算しても不可能。 なら、エンジニアとしての解は、ただ一つ。

「……リア。私の、ドジを……全部、消して」

「カイ? 何を――」

「この水のパックを、私自身に適用する。私の『感情』と『迷い』を……全部凍らせて、固定ロックする。そうすれば、演算リソースを100%ダイブに回せるはずよ」

「……カイ。それは君の『人間性』をプログラムから切り捨てることになります。二度と『アワワ』とは笑えなくなるかもしれない」

「いいよ。……お姉ちゃんが笑えるなら、私は、標本データになってもいい」

カイは『CRYO-STATIC』を自らの胸、心臓の直上のデバイスへと叩き込んだ。 その瞬間。

「あ、わ……わ……」

カイの口から漏れ出た最後の「アワワ」という言葉。 それは音にならず、喉の奥で物理的な氷の結晶へと変わり、パキィン……と乾いた音を立てて砕け散った。

感情のフリーズ。相転移フェーズ・シフト。 恐怖、戸惑い、そして「カイ」という少女を構成していた全ての「ゆらぎ」が、絶対零度の静寂の中に沈んでいく。

漆黒のドレスが、内側から透明なシアンブルーの氷のドレスへと再構築レンダリングされ、黒髪は光を透過する銀白の氷の繊維へと変質した。 シアンの瞳から全ての感情が消え、そこにはただ、冷徹な管理者アドミンのログだけが走り続ける。

カイ(100%解放版): 「――ターゲット:リサの救出を最優先プロトコルに設定。……これより、全障害を凍結排除します」

宝石のように美しいが、触れた瞬間に魂すら凍りつくような冷酷な美貌。 『100%解放版』のカイが、水のセクタに静かに降臨した。


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