表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙のエンジニア(サイレント・エンジニア)は、四大元素の回路に、さよならを告げる。  作者: 霧ノシキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/32

第14話:絶対零度の揺り籠(CRYO-STATIC)


【シーン1:型番ミナ名前リサ

『Looking Glassルッキング・グラス』が映し出す座標へ向かう道中、カイはリアが開示した組織『NULL COLLAPSEヌル・コラプス』の内部機密データを食い入るように見つめていた。 そこに並ぶ無機質な文字列が、カイの胸を鋭く突き刺す。

「……リサさんの登録データ、これだけ? 『識別体:MINAミナ』……。これじゃ、まるで――」

「カイ。その疑問は論理的に正しいものです」

リアの声は、先ほどまでの冷徹な合成音声とは違い、どこか落ち着いた、年上の「姉」のような響きを帯びていた。 「組織の記録において、彼女に『リサ』という名は存在しません。『M-I-N-A』。正式名称『Multi-Interface Neural Avatar(マルチ・インターフェース・ニューラル・アバター)』。……多目的・神経接続型アバター。それが彼女に与えられた型番、すなわちプロジェクト名としての略称です」

「プロジェクト名……? お姉ちゃんのことを、アルファベットの羅列(型番)で呼んでるっていうの?」

カイの声が、怒りで僅かに震える。 組織にとって、リサは守るべき一人の少女などではない。演算リソースを供給し、命令を遂行するための、取り換え可能な「部品」に過ぎないのだ。

「そんなの……そんなの、ただの道具扱いじゃない! 私たちのお姉ちゃんは、部品なんかじゃない。リサっていう、たった一人の人間なんだよ!」

「ええ、その通りです。だからこそ、私たちが彼女の『ログ』を取り戻さなければならない。……カイ、前方を。水のセクタの境界を検知しました」

【シーン2:絶対零度の図書館】

辿り着いた『セクタ・クライオ』は、今まで見てきたどのエリアとも異なっていた。 そこには猛烈な吹雪も、凍てつく氷の壁もない。ただ、果てしなく続く透明な水晶の回廊と、一切の波紋を許さない「静止した水」が、図書館の書棚のように整然と並んでいるだけだった。

「……何、ここ。音が、何にもしない」

「音(空気の振動)も、熱(分子の運動)も、ここでは禁じられています」

リアがカイの肩に並ぶようにホログラムを定位させる。 「このセクタの防衛システムは『変動』を検知します。焦燥、激しい動き、あるいは高揚した心拍――。それらが生む微かな『熱』をトリガーに、空間そのものが君を排除しにかかるでしょう。……カイ、私に同期してください。君の呼吸も、心拍も、私が『安定』させてあげます」

「アワワ……無理だよぉ、こんなに静かだと、余計にドキドキしちゃう……っ!」

「深呼吸を。私がリードします。……吸って。……吐いて。……そう、いい子です」

リアの穏やかな語りかけに、カイの荒い呼吸が次第に一定の波形リズムへと整えられていく。 カイは必死に無表情を装い、無感動な人形のように一歩、また一歩と水晶の床を歩む。少しでも「リサを助けたい!」と感情が昂れば、空間の温度センサーが反応し、即座に絶対零度の断罪が下される。

(落ち着け、落ち着くのよ私。私は今、高性能なデバッグ用アンドロイド……。感情なんて、1ビットも持ってないんだから……!)

シュールなまでの静寂の中、カイはリアという「お姉ちゃん」に手を引かれるようにして、セクタの最深部へと足を踏み入れた。

【シーン3:『CRYO-STATICクライオ・スタティック』:救済か、停滞か】

セクタの中央。そこには、絶対的な「静止」を司る青いデータパック――**『CRYO-STATICクライオ・スタティック』**が浮遊していた。 カイがそのパックに手を伸ばそうとした瞬間、空間に歪みが生じ、セレナのホログラムが音もなく降臨した。

「……来ましたね、維持者システム・アドミンの末裔」

セレナの声は、このセクタの静寂と同化しているかのように、透明で冷たかった。 「そのパックが何であるか、技術者エンジニアとして理解していますか? 『CRYO-STATIC』の機能は、対象のパラメータを現状のまま**『固定ロック』**すること。……変化を禁じることで、崩壊を止める安全装置セーフティです」

「……固定?」

「そうです。これをリサに適用すれば、彼女を焼く人造の火は鎮まり、命を削る『疼き』も消えるでしょう。……ですが、それは同時に、彼女の進化の可能性を永遠に閉ざすことを意味します。彼女は二度と成長できず、二度と新たなログを刻むこともない。……ただ、壊れないだけの『静止した標本』となる」

セレナは、眼鏡の奥のアイスブルーの瞳をカイに向け、問いかける。 「カイ。彼女を『安定スタビライズ』させることは、彼女から未来を奪うこと。……ですが、この檻なしには、彼女の魂は遠からず熱暴走で自壊する。……さあ、エンジニアとしての解を選びなさい」

カイの手が、パックの前で止まる。 救うために、彼女の時を止めるのか。それとも――。

(お姉ちゃんの火が、消えるわけじゃない。……消えもせず、燃え上がりもせず、一定のまま固定される……。それは、なんて不気味な安定……)

だが、迷っている時間はなかった。 リアのモニタに、組織本部からの緊急アラートが突き刺さる。

「カイ! 組織が『M-I-N-Aミナ』の**完全初期化フォーマット**を開始しました! 彼女の記憶、性格、カイへの執着――そのすべてを消去し、完璧な兵器へと書き換えるつもりです!」

「……っ!!」

カイの瞳に、激しい感情の火が灯った。 その瞬間、セクタ全体の温度センサーが反応し、無数の水晶の槍がカイへと向けられる。だが、カイはもはや怯まなかった。

保存アーカイブなんかじゃない……! 私は、お姉ちゃんの『時』を動かしに行くんだ! そのために、まずはこのパックで、死なせないように繋ぎ止める!」

カイは『CRYO-STATIC』を掴み取り、 Looking Glass を掲げた。 絶対零度の槍が襲いかかる寸前、空間がシアンと青の光に包まれる。

「見てて、リサお姉ちゃん。……『型番』なんかじゃない、あなたの『名前』を取り戻してあげるから!」

カイの決意に満ちた叫びが、静止した図書館を初めて震わせた。 組織本部で、手術台に拘束されたリサの瞳に、一瞬だけ、かつての栗色の輝きが宿るのを、誰もまだ気づいていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ