第9話:Looking Glass(ルッキング・グラス)の導き
一方、現実世界。カイは自室のワークデスクの前で、半泣きになりながら空中モニタと格闘していた。
「あわわわ! 何これ、このコード……めちゃくちゃじゃない! こんなの、いつ回路が爆発してもおかしくないわよ!」
黒髪ボブを振り乱し、カイはパニック状態でキーを叩く。解析しているのは、戦場で回収したリサのデータの欠片だ。 解析が進むにつれ、Mode: ALICEの演算が残酷な真実を映し出していく。
「……リサ。あなた、人造の劣化パッチで、無理やり命を演算に変換してたのね」
カイの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。 ドジでパニックになりやすい「アワワ顔」の彼女だが、その本質はエヴァハーネルの血を引くエンジニアだ。彼女には理解できてしまう。リサが抱える痛みの総量と、彼女に残された時間の短さが。
「……待ってなさい。私が、今すぐデバッグしてあげる。エリートの私の計算に、不可能な解なんてないんだから!」
カイは涙を拭い、緋色の瞳を輝かせた。Mode: ALICE を起動し、演算負荷を最大まで引き上げる。 彼女はデスクの引き出しから、古びた、しかし精緻な細工が施された手鏡――**『Looking Glass』**を取り出した。
「Looking Glass、起動。空間位相、同期!」
カイが鏡面に指を滑らせると、鏡が液体のように波打ち、周囲の現実が歪み始めた。 鏡の中に、かつての両親が管理していた1.0時代の遺構――エヴァハーネル家の遺産が映り込む。現実の部屋の風景が、再構築によってデジタルコードの奔流へと変わっていく。
しかし、そのゲートが完全に開く直前。 鏡の奥、光の届かないデータの深淵から、**「何か」**がこちらを覗き込んだ感覚があった。
(――見つけたぞ。維持者の、末裔……)
不気味なノイズが耳鳴りのように脳を刺す。それは1.0を崩壊させた「真の悪」の視線。カイの背筋に氷のような寒気が走ったが、彼女は Looking Glass を握りしめ、前を見据えた。
「……バグは、全部私が消してやるわ! 行くわよ、リア!」
カイは光輝く鏡面の中へと、自ら飛び込んだ。




