第二十一話 それから
「行方不明事件に進展がありました」
ニュースキャスターが少し表情を緩め、しかしハッキリとした口調でそう言う。
キャスターの近くに居るアナウンサーも、専門家らしい禿頭の男も、落ち着いた様子で椅子に座っている。
「犯行手順が同じとされている行方不明者が数人保護されました」
淡々とした口調ではあるものの、アナウンサーは少し安堵した様子で、原稿に視線を落としている。
「保護されたのは一部の方のみで、『異世界に行っていた』と話しているそうですが、この発言からどういうことが考えられるでしょうか?」
そう言いながら、禿頭の男の方に向く。
「そうですね……。保護してすぐに薬物検査なども行いましたが異常は無く、身体検査でも特に異常は見られませんでした。……集団幻覚の類や、誘拐犯による洗脳といったことは考えられるかもしれませんね」
この事件を分析しているという専門家の彼は、分からないことが多すぎるのか、少しだけ困ったような声で話している。
「見つかったのは一部の方のみですし、証言に他の被害者の安否に関するものまで出ていますから、まだ予断を許さない状況だということは間違いありませんね……」
それを聞いて、女性アナウンサーはほんの少しだけ下を向いた。
「そうですね。……残りの被害者の方々が早く見つかることを願うばかりです。尚、この件について政府は――」
そんな、テレビの中の他人の声を聞きながら、結海茜は嗚咽を漏らして泣いている。
そんな彼女を遠くから見守りながら、その両親もまた目に涙を溜めていた。
「あたし……、星来のこと助けられなかった……」
黒を主体に、一部銀のインナーカラーを入れた特徴的な髪の少女が、病院のベッドの上でそんな風に悔やみ続けている。
茜が戻ってきた時期は、異世界の感覚では既に年を越していたが、現実世界ではまだひと月程しか経過していなかった。
それでも両親が憔悴して過ごしていたことは、老け込み具合で察した。
「茜はやれることをやったと思うよ」
「そんなことない……」
「自分を責めないで……」
両親はこんなにも優しく慰めてくれる。
それでも、喪失の苦しみからは逃れられない。
茜は星来と戻ってくることを強く願っていた。
だからこそ、あの理不尽な世界で戦えたのだ。
その目標を失った今、自分には何も残っていない気さえしていた。
スマートフォンの画面を見る。
そこにはあの恋愛ゲームのサービス終了を伝えるお知らせが映されている。
デフォルメされた主人公らしき少女が、申し訳なさそうな顔でこちらに向かってお辞儀をしているイラストを見つける。
その姿は黒髪のボブヘアに生真面目そうな顔で、自分だけが親友だと思っていたあの子の姿に、とてもよく似ていた。
それからの日々はかなり忙しかった。
病室に警察官が来て事件のことを訊かれたり、家族や親戚や友人たちがお見舞いに来たりして、凄まじい速度で日々が通り過ぎていく。
しばらくして退院し、学校に戻った後も、クラスメイトたちから記者のごとく質問攻めにあった。
中には『薬物関連の事件なのではないか』とか『洗脳されているんじゃないか』といった疑いを持つ者もいたようだが、時間が経つにつれ、そういった噂も聞かなくなっていった。
その頃には、茜も星来を失ってしまった悲しみを周りに悟られないよう、上手く取り繕って、普通の女子高生と同じように過ごせるようになっていた。
そのことはかえって、本人の心を蝕んでいく。
あの子はあの場にいた異世界転移者たちの目から見たら、酷い子だったかもしれない。
それでも、『嫌いだ』と面と向かれて言われても、彼女とのこれまでの思い出を持っている自分だけは、完全に憎むことが出来ずにいる。
星来には色々教えてもらった。
その感謝の気持ちが大きくて、どうやっても消えないのだ。
しばらくして、あの子の両親が『ここに居ると娘を失ったショックから立ち直れない』と言って引っ越してしまったと母から聞いた。
ショックを受けるくらいなら、最初からあの子に酷いことをしなければ良かったのにと思った。
事情を知っている母は、それ以上何も言わなかった。
この世界に戻ってきてからというものの、両親も茜の複雑な心境を理解しているからこそなのか、家庭内にずっと気まずい空気が流れている。
誰も救われない。
あの異世界に行ったことで、永遠に消えない闇を抱えることになってしまった。
『すみません。もしかしてですけど、あの行方不明事件の被害者の方だったりしますか?』
SNSのDMに、そんな怪しげなメッセージが届いたのは、帰還後半年程経ってからのことだった。
記者や噂好きの者たちから、よくこの手のDMが届くため、今回もブロックしようとしたが、相手のアイコンを見て慌てて止めた。
何となく見覚えがある男女。
丁度茜がこちらに帰還した後辺りに作られたアカウントのようで、投稿されている写真の顔つきを見るに、自分とさほど年齢は変わらなそうだ。
しかし、二人とも左手の薬指に結婚指輪をはめている。
「《カラスちゃんとクマ男くん》……」
アカウント名を見てハッとする。
二人はあの異世界に転移されてきたカラス少女と熊男だ。
あちらの世界では容姿がだいぶ変わってしまっていたのもあり、すぐに気がつくことは出来なかったが、間違いないだろう。
茜は速攻で返信する。
すぐに返事が送られてきて、その後お互いが誰なのか挨拶もそこそこに、近況を報告し合った。
そのやり取りのうちに、新婚の二人が近くに住んでいることが分かり、丁度予定が空いていたのもあって、すぐに会うことになった。
どうしようもなく二人に会いたい。
何よりも、仲間を死なせてしまったことを謝りたい。
誰にも本当のことを信じてもらえないことが、すごく寂しかった。
あの事件をよく知っている人たちと会いたかった。
二人は、姿を見るなり泣き出してしまった茜を抱きしめながら、そこまで大きくはないが、あたたかみのある家に優しく招き入れてくれた。
玄関に老婆の写真が置いてある。あの猪老婆だ。
何故かゲームセンターを背景に撮影されているのが絶妙にミスマッチだったが、それでも楽しそうにピースしている彼女の姿を見て、また胸が熱くなる。
「こっちに一緒に帰ってきたんですけど、しばらくしてご病気で亡くなられたんです」
「そう、だったんだ……」
「最期まで……、アカネちゃんにとても感謝していましたよ。助けてくれてありがとうって」
その言葉を聞いて、更に涙が溢れてくる。
感謝されるようなことはしていない。
掴まされた嘘の情報を伝えた結果、彼女のことも危険にさらしてしまったのだから。
「まさか、仲間が死んだことを自分のせいだとでも思っているのか?」
「そりゃ、そうじゃん……」
「俺たちは全員、あの聖樹や王子たちの弱点探ってたんだ。……アカネ以外のやつが情報を掴んでいたとしても、結局みんな同じ手で殺されてただろうし、あの時も全員、自分で判断して燃えるもの持ち込んでたんだから自己責任だろ」
彼は相変わらずぶっきらぼうだが、なんだかんだ優しい言葉を掛けてくれる。
「あ、そうだ!……私、舞衣って言います。彼は雄介」
舞衣と雄介は爽やかに笑った。
茜はやっと聞くことが出来た二人の名前を、染み込むように何度も頭の中で繰り返す。
「私たち、アカネちゃんとセイラちゃんに感謝していますよ。あそこから助けてくださって、本当にありがとうございました」
雄介の方は星来に対して思うところがありそうな表情だったが、少し天然で、それでいて人の善性をよく見ている元カラス少女の舞衣は、真っ直ぐあの子に対しても感謝の意を述べた。
茜が聖樹を弱体化させ、星来がその命を犠牲にして奴らにとどめを刺した。
帰還者たちからはそういう認識だった。
思えば、星来は自分では何も決めることのできない人だった。
でも最期だけは自分で運命を決め、出来ることをした。
それがあの子にとって、どれだけ大変なことだったか。
死ぬことは良くないとしても、彼女が決めたことを否定してはいけない。
舞衣の言葉を聞いた茜の心は、スッと晴れやかになった。
星来を認めてくれる人が居て、救いのように感じられたのかもしれない。
「実は、俺たちを救ってくれたアカネに、折入って相談があって声をかけた」
雄介が近くにあるパソコンの画面を見るよう促してくる。
そこにはオカルト掲示板が表示されており、『ワイ、異世界に飛ばされたんやが、どうやって帰ったらええ?』というスレッドが立てられているのが分かった。
彼の話す内容に、あの聖樹の話は一切出て来なかったが、その代わりに魔法のことや、ドラゴンのこと、パーティーを組んだ美少女たちに執拗に誘惑されていたりと、本人は転移したばかりの時こそ楽しんでいたものの、最近では何となく不自然さを感じ、恐怖を覚えるようになったという。
投稿主はスマートフォンを異世界に持ち込めたらしく、電気の魔法で充電しながら、隠れてこの書き込みをしているとのことだった。
返信は大体創作物として割り切った上での感想ばかりだ。
「まさか、聖樹の真似をした《物語》が……?」
「あの樹も他の世界で起きていることを認識していたようだったし、同じことを企むやつはいるだろうな」
「そんな……」
舞衣は衝撃を受けている茜の肩に手を置く。
「あの物語は、茜さんにとってバッドエンドだったと思います。そして今でも、その影響を受けていると思います」
「うん……」
「それでも、私たちは生き残った。今も生きてる」
二人の見守るような表情に、きょとんとした表情しか返せない。
「この掲示板には、でまかせも大量にあるとは思うが、それでも異世界転移経験者として、この人達が俺たちと同じ思いをしないよう、助けてやれないかな?」
その提案は、生き甲斐を無くしかけていた茜にとって、天啓にも似ていた。
返事をしないままそっとパソコンに近づく。
少し屈み、慣れないタイピングで、
『あたしが絶対助けます』
そうコメントした。




