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【完結】異世界聖女を取り戻すため、魔獣令嬢になりました  作者: 岫住胡乱


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第十三話 仲直りと

 新学期が始まり、清沢星来は酷く気分が落ち込んでいた。


 前学期末にアドリアンとルビアがキスしていたのを見たショックで、ウインターホリデーの間まともに寝ることが出来なかったのだ。


 前学期の間は、アドリアンも他の生徒達と同じようにルビアに対して警戒心を持ち続けていた印象だったが、後半は星来が取り巻きたち全員と仲良くしていたことか原因で幻滅させてしまった。


 決定的なことは何も言われていないし、気まずいながらも話しかけてはくれる。

彼の気持ちを取り戻すことは、まだ出来る。



 教室でアドリアンを見つけた星来は、慌てて声をかけた。

彼はいつもの優しくて親切そうな表情だったが、それが何となくお互いの間に壁を感じさせる。


「アドリアン……」


 名前を呼ばれた彼は一瞬真顔になった。

そんな表情を一度も見たことがなかった為、萎縮しそうになったが、それでも勇気を出して続ける。


「学期末の続きですけど……、王妃になるってことがあんまりよく分かってないところがあって、勇気が出なかったんです。すみません……。だけど……」

「ああ、僕こそごめんね。責めるような言い方をしてしまったし……」

「アドリアン。少しいいか?」


 後ろから最悪のタイミングでイアンが近づいてきて、彼を呼びつける。

 そのせいで『まだ関係を続けたい』という意思を伝えることが出来なかった。


 イアンの横に並んで、どんどん離れていくアドリアンが、こちらをチラリとも見ないことに気が付いて、心の中がドロドロとした汚泥に支配されていくのを感じる。


 あなたなら愛してくれると思ったのに。

親がくれなかった愛情を、代わりに注いでくれると信じていたのに。


 そんな自分らしくない感情に飲まれそうになってハッとする。

一体何を考えているんだ。


 大人しく自分の席に着いて深呼吸し、顔を上げる。

離れたところにぽつんと一人で座っているルビアの背中を見て、嫉妬の感情がまた蠢き出すのを感じた。


 これは、簡単には制御出来ないかもしれない。


 ルビアが唐突にこちらの方へと振り向く。

目が合い、ニコリと微笑まれるが、対する星来はこの言い知れぬ感情を悟られたのかと動揺した。


「セイラさんごめんあそばせ」


 彼女から声を掛けてくるのはかなり久しぶりのことだ。

アドリアンのことで何か話されるかもしれないと思い、逃げようと身構える。


「ああ、驚かせてしまってごめんなさい。ちょっと聖樹について質問があっただけですのよ」

「聖樹……?アドリアンのことじゃなくて……?」


 そんな言葉を発してしまってすぐに後悔したが、思っていた反応と違い、ルビアは彼の名前を耳にしたことで嫌な気分になったのか、険しい表情を浮かべた。


「……そういえば、なんで書斎のこと……」

「書斎?」

「あ、いや!こっちの話、ですわ!何でわたくしが彼の話をしないといけないの?」


 本人は全くアドリアンに興味がないといった態度だ。

その言動が意外で、星来は間の抜けたような顔をしてしまった。


 しかし、ルビアはかつてアドリアンのことを狙っていたと聞いていたし、学期末にはキスまでしていたじゃないかと、もやもやが胸を侵食していく。


 彼女がその気でなかったとしたら、それはそれで愛する人に裏切られたということになる。

 まだ彼女に誘惑されていた方が、納得できるかもしれない。


 星来は耐えた。

 今理由もなく避けたら、取り巻きたちが前学期に彼女にしていたことと何も変わらない。

 いじめの痛みを知っている自分だけは、絶対にやってはいけない行動だ。


「その……、何を聞きたいんですか?」


 意を決して何とかそれだけ言うと、ルビアは何故か嬉しそうに顔を綻ばせる。

 噂の悪女とは到底思えないような純粋な笑顔は、現実世界の友人である結海茜のことを思い出させた。


「聖樹の近くに……」

「何のお話してるの〜♪」


 前学期までルビアに嫌がらせをしていたエリックが、にこにこしながらこちらに近づいてくる。

二人とも驚いてギョッとした表情を浮かべつつ、その様子を見ていた。


「ねーねー!ボクも混ぜてよ〜♪」

「……はぁ……。もう良いですわ」

「何ー?仲間はずれー?」

「そういうのじゃない、ですわ!でも気まずいでしょう!」


 エリックは気まずい理由が分からないのか、小首を傾げている。

 ルビアは彼のそんな行動に戸惑っているようだ。


「あんたはあた……、わたくしのことが嫌いでしょう!もう意地悪はされたくないから関わらないで!」

「……そのことはごめん」


 ピンク頭の少年が本当に申し訳なさそうな表情で言うのを、教室中のみんなが見ていた。


「ウインターホリデーの間、家族からも散々言われたよ。ボクはただ、兄さんが大事な大会に出場出来なかったのと、セーラが……」

「そうだったの!?」


 驚いた様子のルビアを見て、今度はエリックの方がキョトンとした。


「あたし、……わたくし突き飛ばすとか、そういうつもりではなかったのは本当だけど、……えっと、何の大会?」

「剣術だけど……」

「けんじゅつ、……のことはよく分かりませんけれど、多分あの時は、イアンさんがセイラ……さんのことを守ろうとしてくれたんだろうっていうのは分かってるから……その……」


 星来には、ルビアが今更何に動揺しているのか分からなかったが、『セイラさんのことを守ろうとしてくれた』という言い方が、身内のことを指しているように感じられて不思議に思った。


「ごめんなさい」


 守られた張本人は、ルビアがあの時自分を突き飛ばそうとしていなかったことを知っている。


 それなのに、彼女自身はイアンの怪我に責任を感じているのだと分かり、何故か自分よりもよっぽど大人に見えて悔しくなってきた。


「馬鹿だよね、あたし……もっと早くに謝るべきだった……。あの時はからかわれて自分のことでいっぱいいっぱいになってて、ちゃんと言えてなかった、んですの」

「な、なんなんだよ……」


 エリックもたじろいでいる。


「……遅すぎるかもしれないけど、お兄さんにも直接謝りたい」

「俺ならここに居る」


 アドリアンと会話を終えてきたらしいイアンが、教室の中に入って、腕組みをしながらルビアを見ている。


 彼女は彼の目の前まで近づき、逃げることなく真っ直ぐに相手の目を見て口を開いた。


「あの時はごめんなさい」


 イアンはそれを聞いて大きく深呼吸して、軽く笑った。


「……今なら分かる。……確かにお前は、セーラを突き飛ばそうとしていたわけじゃなかったのかもしれないな」


 ルビアは頭を搔きながら、背の高い男を見上げて、少しだけ怒ったように頰を膨らませる。


「そりゃ、そんなことはしません!……でも、勘違いさせたことで、結果的にあなたが怪我をしたのに、ちゃんと謝らなかったのは本当によくなかった、ですわ」


 イアンはそれを聞いて豪快に笑った。


「俺もウインターホリデーの間に頭が冷えた。俺の弟のせいで前学期は嫌な思いをしたはずだ。すまない」


 そんな風に言う彼の隣に弟のエリックが走ってきて、うるうるとした瞳でルビアを見つつ、しっかりと頭を下げる。


「本当にごめん!許してくれる?」


 言われた当人はキョロキョロと二人を見比べて、少し困ったような顔をした。



 星来は、彼女たちのやり取りを見ながら、自分が現実世界でいじめを受けていた頃のことを思い出していた。


『清沢さんごめんねぇ?許してくれる?』


 あの人達にそう言われたとしたら、自分は許せるだろうか。



「許しますわ!でも、これから先同じことをしたらその時は許さない、ですからね!」


 星来は、そんなルビアの言葉で現実に引き戻された。


 ああ、そうか。この人と私は根本的に人格が違うんだ。


 ドロドロと汚泥のような劣等感が再び湧き上がってくる。


 負の感情に支配されかけている星来の隣に、いつの間にかヴァレンティノが立っていた。


「聖女様。魔獣が近辺に現れたようですよ。浄化に向かいましょう」


 彼は彼女の手を撫でながらそう言った。

前学期なら気持ちが悪いと振り払っていたかもしれないが、アドリアンに捨てられかけている今、振り払う気力も湧き上がらなかった。


「……分かりました」


 星来にとっては都合が良かった。


 あのまま教室にいたら、彼女の優れた人間性を見せつけられて、自分がどれだけ嫌な女なのか目の当たりにさせられてしまう。


 こんな時でも、唯一自分を求めてくれるヴァレンティノが一緒に居てくれるのなら、アドリアンの浮気の傷も少しは癒されるかもしれない。





 いつものように魔獣と対峙する。

 目の前に居るのは、犬のような耳が生えてはいるものの、顔は同年代の少女のように見えた。


「だ、誰?」


 星来は怒りをぶつけるように、こちらを見上げて怯える少女の耳を、力いっぱい掴んだ。


「痛い!痛いよ!離して!」

『さあ、浄化して魂を救ってやらねば』


 いつも通り、聖樹の声が頭の中に響いてくる。


「私は、()()です」


 そう言ったところで目の前が真っ白になり、少しの間だけ気を失う。

これは魔獣の浄化の時、必ず起きる現象だ。


 しばらくして気がつくと、既に少女は灰になっていた。

その灰が少しだけ手に付着している。

 穢らわしいとでも言うように、星来は手を叩いてその灰を払った。


「アドリアンとルビアさんが、二人きりにならないようにしなくちゃ……」


 星来はルビアが、自分よりも魅力的な人間であることをもう認めるしかなかった。

 スタイルも美貌も、懐の深さでさえも勝てそうにない。


 彼女に勝てる唯一の要素は《聖女》であることだけだ。

その称号は自分がこうして魔獣を浄化し続けていれば、覆ることはない。


 これからは少し遠方でも、積極的に役割を全うしなくては。

 絶対にアドリアンだけは奪われないように。


 たった今殺した敵の遺灰を踏みつけ、自分の狂信者すら無視する。


「アドリアン……」


 愛する人の名前を呟きながら、よろよろと歩く。

 まるで幽霊のようになった星来は、そのまま教室へと戻っていくのだった。





「殿下。あの者が来ました」

「……これは予想外だね。向こうから動くとは」

「いかが致しますか?」


 アドリアンは窓の外に広がる中庭で、よろよろと倒れそうになっている星来を見下ろしながら、


「利用するのが僕のやり方だ」


 そう呟いた。

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