【ショートショート】不始末
「また連絡するよ」
彼はそう言って、部屋を出た。
ミニマルなこの部屋は、
単身赴任で彼が借りている。
付き合って三ヶ月もしない頃に
突然、合鍵をくれた。
大学から住み始めたアパートがあるので、
住む場所には困ってない。
鍵が二つついたキーケースを手に取り、
私も部屋を出る。
彼は既婚者である。
子供が出来てから夫婦関係が悪化したようだ。
マッチングアプリで会うことになり、
そこから関係が始まった。
何度か会って、数日経った頃
LINEの通知が鳴った。
「実は結婚してるんだよね」
彼の文面から憂わしさを感じた。
驚きはしなかった。
初めて会った居酒屋で、
左手の薬指に薄赤く痕が残っているのを
見ていたから。
「縛られない方が楽」
彼にそう返信した。
恋愛の見えないルールに飽き飽きしていたのだ。
むしろこの関係の方が
自分にとって好都合だとさえ思った。
と言うのは本音ではなく、
最近は、結婚したいと思うようになってしまった。
ただ、その話を彼に持ちかけると
必ず不機嫌になってしまう。
そもそもこの関係を続けたいと言ったのが、
私であることは重々分かっている。
だから、今日で最後にしよう。
想いを打ち明けて、
彼の判断に任せよう。そう決めたのだ。
それでも、本心は二人でいることを
選択して欲しいと願っている。
「貴方の気持ちが変わらないなら、これで最後にしようと思ってる」
「またその話か」
「仕事がひと段落ついたら伝えようと思ってるよ」
「それ前も言ってた」
「タイミングが合わなかっただけだよ」
私は納得がいかないまま、彼と身体を重ねた。
ことが終えたあと、
「一本ちょうだい」
「吸わないんじゃなかったっけ?」
「久しぶりに吸いたくなったの」
彼から一本受け取り、火をつけた。