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きみが空を飛べたなら

作者: H2O

「わたしの夢は、空を飛ぶことです!」


その日から、そいつは鳥子と呼ばれるようになった。




「お前はばかだな。」


「そんなこと言わないでよ。」


僕の半歩先を歩く鳥子は不満げに頬を膨らませる。


「作文のテーマは将来の夢だぞ。あんな内容では先生に叱られて当然だ。」


授業中、クラスメイトが各々が作文を発表したなかで、空を飛びたいと言った鳥子は大いに笑われた。

担任には真面目にやれとひどく叱られた。


「だって空を飛ぶことがわたしの夢だもん!間違ってないでしょ!」


「6年生にもなって本気でそんなことを言っているんならお前は本物のばかだな。」


「もう、イシダはあたまかったいなぁ。」



「僕をイシダと呼ぶな。」



イシダは僕の不名誉なあだ名だ。本名ではない。

いしあたま、でイシダだ。

小学生は本当にひどい感性をしている。


「あっイシダみて!ひこうきぐもだよ!」


鳥子は歩道橋の階段を駆け上がり、ひこうきぐもを指差す。


「きっとね、わたしは空を飛ぶよ。楽しみにしててよね。」






その次の土曜日、塾からの帰り道を歩いていた僕は、バス停に立っている鳥子を見かけた。


「イシダだ!何してるの?」


「僕は塾から帰るところだ。お前こそ何してる?」


「見たらわかるでしょ、バスに乗るの!」


「1人でか?どこに行くんだ?」


僕が聞くと鳥子はにやにやして「イシダ、わたしのこと心配してくれてるの?」と茶化す。


「別にお前を心配しているんじゃない。お前に迷惑をかけられる人たちを心配しているんだ。」


「もう、しょうがないなぁ。そんなに来たいなら、イシダも来ていいよ。」


鳥子は勝手なことを言って、僕の腕をとった。

目の前にバスが止まり、ドアが開く。

鳥子はそのまま無理やり僕をバスの中へ引っ張っていった。





「飛行機、乗れなかったね。」


滑走路を走る飛行機を見ながら鳥子はつぶやいた。

鳥子が僕を連れて行ったのは空港だった。


「当たり前だろう。電車やバスに乗るのとはわけが違うんだ。小学生だけで飛行機に乗れるわけがないだろう。」


正直なところ、僕は飛行機の乗り方も知らなかった。

きっと鳥子だってそうだろう。


「うん、そうだね。」


いつも通りばかだな、と言おうとして言えなかった。

鳥子は、泣いていた。


「イシダ、わたしね、空を飛ぶのが夢なの。

誰にも知られずにどこへでも自由に飛んで行きたかったな。」



現実は国語のテストとは違って、他人の心情なんか読み取れない。

なぜ鳥子が泣いたのか、なぜそんなことを言ったのか、僕はなんといったらよかったのか、僕には何もわからなかった。


「帰ろうか。」


俯いたまま歩き出す鳥子を、僕は半歩後ろから追いかけた。


鳥子は何も言わないまま、空港を後にしてバスに揺られた。

バスを降りて、いつもの歩道橋を渡る。

歩道橋の階段を登り切ったところで鳥子は足を止めて振り返った。



僕は鳥子のことを何も知らなかったんだ。



「イシダ、わたしやっぱり空を飛ぶよ。」



鳥子は歩道橋の柵に手をかけた。

鳥子の足がぐっとそって、歩道橋から離れていく。




「イシダ?」


僕は鳥子の体を必死になって抱き止めた。

思い切り鳥子の体を引っ張る。

僕は鳥子の体を支えきれず、2人で倒れ込んだ。


「お前はばかだ!」


惚けた顔をする鳥子に僕は叫んだ。


「お前は人間だ!人間には空なんか飛べやしない!

人間なら大人しく一生地面に這いつくばっていろ!」


鳥子は僕の頬に手を伸ばす。



「イシダ、泣いてるよ。」


僕にはなぜ涙が止まらないのかもわからなかった。






その次の春、僕は中学受験に成功した。

鳥子とは違う中学に進んだ。だから僕は小学校を卒業してから鳥子には会っていない。



鳥子は、僕のことも、あの日飛ぼうとしたことも、忘れているかもしれない。



だけど僕は彼女のことを、きっと一生忘れない。


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― 新着の感想 ―
何故彼女は空を飛びたいのか……。 言葉通りの意味なのか、もしくは別に意味することがあるのか。 それを考えさせられました。 読めて良かったです。ありがとうございました。
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