07.お茶の時間
それ以来、ルーシーのお気に入りのガゼボでの義母とのお茶会に、自然と義兄も参加することが増えた。
仕事に飛び回っているので、常に伯爵邸にいるわけではないが、在宅の折には必ず顔を出す。
汗ばむ季節になり侍女達が気をきかせて用意してくれたアイスティーのグラスが涼し気だ。
ガゼボから見える木々も緑が濃くなり、勢いを増していた。
南国のものなのか赤や黄色の鮮やかな色をした花がそれに彩を添えている。
「これ、売り物にならない小さいものや純度の低いものを魔法で再結晶して作ったものだ」
義兄が誇らしげに小さな宝石を指でつまんで、ルーシーと義母の前にかざした。
まるで義兄や義母の瞳のような琥珀色の石。
濃淡のあるはちみつ色に少し茶色が混じる。
いつまでも見ていたくなるような綺麗な色合いだ。
見惚れていると、ルーシーの手のひらにその宝石をのせてくれた。
手のひらで転がして、様々な角度からじっくりと観察する。
「すごい。綺麗……」
「見事ね。天然物と見分けがつかないくらいだわ。……で、どうやって作ったの? イミテーションならともかく、再結晶なんて聞いたことないわよ」
「売り物にならない純度の低い石や加工できないくらい小さい石を集めて、粉砕して、分別して、高温で燃やして、ゆっくり冷やして固めただけだよ」
「簡単に言うけどね……」
「確かに、色々ズルはしているよ。俺とアレックスがいるから出来ることだからな……」
「魔力量バカな二人が水魔法、火魔法、土魔法を使い放題して、錬成したってことね」
「平たく言うとそういうこと」
「売りには出せないわね~」
「いいアイディアだと思ったんだけどなー。そう、量産はできない」
二人の軽やかに交わされる会話を聞いていると、ルーシーはいつも不思議な気持ちになる。
親子とはこんなに気安いものなのだろうか?
詳しくは知らないが、実家でも前の婚家でも義母は苦労したそうなので、二人には父とルーシーの間にはない絆があるのだろう。
「ルーシー、気に入ったなら、あげるよ。試作品だし。好きに加工するといいよ」
「え? 本当に?」
「天然物じゃないし、小さいけど……」
「ありがとう、お義兄様! 嬉しい……」
「あらあら、じゃあ、宝石商を呼ばないとね。ルーシーの好きなアクセサリーを作りましょう!」
「お願いします。お義母様」
義兄が試行錯誤して、魔法を駆使して作った物だと思うと、余計に愛おしく感じる。
小さな指輪を作ってもらって、お母様の形見の指輪と一緒に鎖に通そう。
そうしたら、婚家にも持っていける。それを時々、取り出してながめよう。
久々に気持ちが浮き立つのを感じた。
「これを見るとがんばれる気がします!」
「いや、ルーシーはもうがんばるなよ……」
「これを作る時に負った怪我ですか?」
義兄の頬についた掠れた傷跡に目を向ける。
「いや、違う。ちょっとぼーっとしてて、コケただけ」
「ださいわね」
義母から容赦のないツッコミが入った。
「治していいですか?」
「他所では、こんなかすり傷にほいほい使うんじゃないぞ」
「練習なので我慢してください。あと少しのことですから」
ルーシーの結婚へのカウントダウンの言葉に、義母が顔をしかめる。
それに気づかないふりをして、義兄の頬の傷に手を寄せた。
一瞬、整った顔立ちに見惚れてしまう。
いつも癖のある茶色の髪を整えていないので目立たないが、彼は義母に似た甘みのある美しい顔立ちをしている。
彼が目を伏せたので、長いまつげが綺麗な琥珀色の瞳を隠してしまった。
婚約者も整っていると思うが、ルーシーは義兄の優しい顔立ちの方が好ましいと思う。
義兄の唇に目が行く。
少しかさついていて、いつも引き結ばれている薄い唇。
義兄に説明された言葉が頭をよぎる。
きっと彼が深手を負ったら、迷わずその方法を選ぶだろう。
顔を横にふって、湧いてきた邪な考えを散らす。
彼に嫌われてはいない。以前とは違って、気安いし距離も近い。
でも、義妹からそんな風に見られたら不愉快だろう。
手元に意識を集中する。
治癒魔法をのせた魔力を流してしばらくすると、彼の魔力も少しこちらに流れてくる。
自分の中で循環し、混じり合う魔力が心地よい。
「もう、マークばっかりずるい!」
「お義母様にもかけましょうか?」
ルーシーは最近、治癒魔法を多少かけたくらいでは倒れなくなった。
「私はこれでいいわ」
義母はルーシーを義兄から引き剥がすと、ぎゅっと抱きしめた。
甘くて柔らかい感触に身を任せる。
「まったく、子供かよ。ルーシー、ありがとう」
微笑む義兄の頬にあった傷は消え、日に焼けにくいのだと言う白い肌は、元の滑らかさを取り戻していた。
お礼の言葉が嬉しくて、微笑みが浮かぶ。
「俺はルーシーに色々貢いでいるからな。少しくらい優遇されてもいいだろ?」
「貢ぐ?」
ルーシーは手元の琥珀色の宝石を見る。
それ以外にもなにか義兄から貰っただろうか?
「母さんとお茶する時の紅茶や菓子。領地とかその道中で珍しいもの見つけると買って差し入れていた」
「そうだったんだ……」
義兄の突然の告白に、ほんのり甘い紅茶のようにふわっとくすぐったい気持ちが広がる。
「自分が差し入れたって知ったら、ルーシーが口をつけないかもしれないって言うから、内緒にしてただけじゃなーい」
「あわよくば、自分の手柄にしようとしてたんだろ?」
母親の前では義兄は少し子供っぽい姿でなんだか可愛い。
ルーシーも義母の腕の中で、自然と笑っていた。
義兄はこれまでルーシーを避けるように食事も別でとっていたが、在宅時は朝食や夕食を一緒にとるようになった。それにつられたのか、父まで食卓に同席することが増えた。
残念ながら父がルーシーに無関心なのは相変わらずで、視線も寄こさず静かに食事をして、時折、義母や義兄に話しかけている。
わかっている。
ルーシーが結婚して家を出ていくまでの家族ごっこだ。
でも義兄に声をかけて、治癒魔法を教えてもらうことにしてよかった。
ルーシーは表向き穏やかな家族との時間を過ごせることに感謝した。